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眠れる獅子

 例えレベル200を超える“古今無双の大英傑”であったとしても、成す術もなく“融解した内臓”を口から全て吐き出してしまう”劇毒の霧”が完全に蔓延しきった空気の下で。



(うそ……ありえない……どうして……なんで……)



“霧”を生み出した張本人は顔面に突き刺さる視線の圧に耐えながら、心中での問いかけを繰り返す。彼女は光を感じ取ることはできないが、代わりに“鋭敏な聴覚”と“常軌を逸した嗅覚”を持っている。


 だからこそ、それら感覚器官を総動員して『現状』を正確に把握することが出来ていた。現在、『最もありえない事態』が起こりえてしまっていることを。



(どうして……――ニンゲン(ネズミ)が一匹残らず、生きてるの(・・・・・)……!? )



【劇毒の魔女】(ヴェネナタ・フェミナ)は知っている。自らの力の限界も実現可能な事も、客観的にどれほど強力なのかも正しく認識している。


 故に分からなかった。なぜレベル11という異次元の異常事態(デバフ)の嵐の中で人間が生きてい居られるのか。悠々と立ち向かってこれるのか。


 混乱し、困惑し、激しく動揺し、気付いた時には足は後ろ向きに動いていた。



「……っ」


「『全力疾走』! 」


「! 」


(なんなの……? あの速さ……。なんでこの毒の中で普通に動けるの……? ワタシを追っていられるの……? ありえない、あり得ない! なんなの!? “アレ”はなんなの!? )



 逃げるモンスターと追う人間。現在の両者の心理と力関係をそのまま表したこの構造。本来ならばこれほど一方的な展開にはならない筈なのに【魔女】がひたすら逃げに徹する理由はただ一つ。


 現在も広がり続けている“彼女の毒ガス”は無効化されているわけでは無いこと。その強力無比な毒性は問題なく発揮されているということを理解していたから。


 そして、分かっているからこそ恐怖していた。


 血を腐らせ、肉を溶かされ、骨を捻じ曲げられ、神経をズタズタに切断されながらも、音を完全に置き去りにした速度で追撃して来るニンゲンのように見える“何か”に。1秒の間に100回以上は死んでいる筈の死体が平然と自分を脅かそうとしている現実に。



(だめ。だめ、だめ……このまま押し切られちゃ……だめだ……! 体勢を立て直さないと……効力があるまで毒をもっと長く吸わせないと……だから……いったん……今は……距離を取って……)



 おののき震え、自ずと『時間稼ぎ』(逃げの一手)を選んでいた。



「『瞬間移動』」


「……――ッッ」



 だがそれは間違いなく考えうる中で“一番の悪手”であった。【魔女】は恐怖の感情で思考停止する前に、一刻も早く相対している『敵』を分析するべきだったのだ。


 もちろん混乱の極致に立たされたモンスターにとっては、そんなこと知る由もない。



「『乱打』」


「くぅ! ……うぅ! ……うぁっ!? 」


(……そうか……【自動回復】! 毒が体内を蝕むより早くスキルで『回復』しているから……でも本当に? スキルの名前を口に出していたからってそのまま信じていいの? 『技』を使っているわけでもないのに、こんな瞬間的な回復がありえるっていうの……!? )


「『フルスイング』」


(……結論は後で良い! とりあえず今は目の前のことに集中! 仮説は立てられた……毒を無効化する理屈もなんとなくつかめた……なら、まずは……“史上最速の毒”で……その異常な速度の回復を抜く! )


「……『瞬獄(ドロール・モメンタム)』! 」


(……その無尽蔵の[魔力]……この一撃で枯らし尽くしてやるッッ!! )



 いま、二つの[魔力]を乗せて“金属の棒”と“爛れた毒手”は交差する。


 音を追い抜く速度で伸ばされた赤黒い腕には、[魔力]に加えて勝負を決めるという強い意思も上乗せさせられていた。


 それもその筈だ。『瞬獄(ドロール・モメンタム)』という技は周囲の毒を吸い込み指先から体内へ直接打ち込むという、尋常ならざる即効性(・・・)を持つ一方で、自らも毒の効果を受けてしまういわば諸刃の剣(・・・・)。それがレベル11の『状態異常』を持つとなれば、超高度な【毒耐性】を持つ使用者自身でさえもタダでは済まない。


 けれど【劇毒の魔女】(ヴェネナタ・フェミナ)は選択した。自らの右腕を切断する事態になったとしても。スキルレベル数百以上の【自動回復】ですらも回復が追いつかない毒素を注入してしまえば勝機があると見込みを立て、迷わずそれを実行した。



(ああ……魔王様……見ていてください……私は……必ず……このバケモノと刺し違えて見せます……! )



 そんな海よりも深い忠誠を心に抱いた怪物は叫ぶ。



「ああああああああああああああああああああああああ!」



 願うように。祈るように。


 やみくもに、やけくそに叫び続け、喉が枯れるまでの刹那を極度の集中だけで永遠に感じられるほどに引き延ばしてみせた。


 そして数瞬あと【魔女】は震える声で呟いた。



「嘘……でしょ……? 」



 毒の霧の一粒、一粒すら分かるほど緩慢になった世界の中で目にも止まらぬ速さでこめかみに突き刺さる痛みを感じて。毒の影響を一切感じさせない速さでそのまま振りぬかれようとしていた金属の棒を見て。


『受け入れたくない』という旨の否定の言葉を吐いた。



「嘘じゃない。これが現実だ」



 しかし【魔力掌握(オーバーロード)】によって回復速度の無限加速が可能な【自動回復】で最速の毒すらも圧倒してみせた現実の化身(・・・・・)はさらにソレを否定する。



(ああ……そうか……ワタシは……ずっと……)



 その時になって初めて【魔女】は認識した。



(逃げ回るネズミを捕まえようとして……『眠れる獅子』を起こしてしまっていたのね……)



 軽率に戦いを挑んでしまった相手の”本当の大きさ”を。


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