”ネズミ”駆除
対西方軍特別前線要塞基地――【天空城】南東区・特別治療院。
戦争中運悪く『死』に至ることが出来ず、この世から消え去ることが出来無かった『全てのモンスター』が担ぎ込まれてくるこの場所では“激痛を必死に耐える呻き声”と“目を覆いたくなるような『治療』に対しての絶叫”が絶えず鳴り響いている。
傷口を抑えて、のたうちまわる彼ら“負傷兵”が横たわっているのは不衛生なだけのただの石造りの床。治療院とは名ばかりの地獄の環境では戦場以上にモンスターたちの死臭が漂っている。
そんな悪夢のような喧騒の中を五体満足で悠々と闊歩する存在が一体。血液が染み込んだ床をカツカツと鳴らせて建物の奥に設えられた一室へと向かっていた。
「すいませーん。今、よろしいですかー? 」
「どうぞ」
「失礼しまーす」
軽い口調で戸を叩き、刺激臭と共に入って来たのは【劇毒の魔女】。平時と変わらない笑みを浮かべて、豪奢な寝具に横たわる存在に向かってうやうやしく会釈した。
「ご機嫌よう。城主サマ。お怪我の方はいかがでしょうか? 」
「……これはこれは。【魔女】殿。わざわざ私のためにありがとうございます」
片や部屋の中で待ち構えていたのは【白騎士】から受けた負傷を個室で隠れて治療する【獣の戦士】。凄まじい悪臭を放つ【魔女】に対しても表情一つ変えずに身体を起こして出迎える。
一方は一方を『城主』と呼び、また一方は最大限の礼を尽くすために姿勢を正すその様子から、立場が同等であることが見て取れる二体の関係性は良好だ。あくまで“仕事上の表面上の付き合いで”と言う注釈はつくが、細かい相談事を互いに話すぐらいのことは彼らにとって茶飯事だった。
「それで? 今は何の用でしょうか? 」
しかし【獣の戦士】は【魔女】の浮足立った雰囲気から何となく察していた。
これから話される事態はいつもとは深刻度が違うということを。
「いえいえー。大したことじゃないですよー。とりあえずまずは『報告』だけでもと思いましてー」
「報告? 」
「気のせいかもしれませんが……どうやら、この島にネズミが数匹入り込んだようです」
「“ネズミ”……ですか? 」
「ええ。丸々と大きな『ネズミ』です。まだ城の中にまでは入っていないようですけど」
「……なるほど。そういうことですか」
「あまり、驚かないんですね? 」
「西側に潜り込ませた間諜から少し前に報告を受けていたのです。この【大和魔境】にニンゲンが入り込んだ、と。ですがまさか……島に上陸までされてしまっているとは……」
「ええ。ですからワタシ決めたんです。潜伏している可能性が一番大きい『汚染地区』を一度、綺麗にしてしまおうって」
「……は? 」
「使いました。あの『技』を」
そして【魔女】の遅すぎる『事後報告』を聞いた直後、【獣の戦士】は天を大きく仰いだ。
「本当に……使って……しまったんですか……? 」
「ええ。しっかりと。土地そのものに付与するので、もう私にも止められません。時が経てばドカン……です」
「はぁ~……分かっているんですか? “アナタの悪ふざけ”の除染作業の目途がようやく立ったところだったのですよ……? 」
「あらー。でも仕方が無いでしょう? これほど近くにまで入り込まれてしまったんですもの。多少の犠牲はつきものです」
「……物は良いようですね。ネズミの駆除には少々やり過ぎな気がしますよ」
「“弁が立つ”とおっしゃってくださらない? それに念には念を入れるべきです」
「……まあ、ひとまずいいでしょう。それで? 『爆発』はいつですか? 」
「そうですね。だいたいあと700~600秒といったとこ――」
――その時。
「「!! 」」
二体は同時に個室に付いた窓の外、城壁の向こう側を見た。
その強烈かつ凶悪な[魔力]の発生源を。
視線を縫い付けられたように。
「今のは……!? 」
遠方で放出された莫大なエネルギーを察知した直後、目を見開いた城主の問いかけに対して、【魔女】は始めて笑みを引っ込めて否定した。
「ワタシにも分かりません。ただ今回の人間の一匹は、もしかしたら、ワタシ達がこれまでに一度も見たことが無い程の”大物”なのかもしれません」
その眼窩の無い顔に『戦意』と『恐怖』を同時に滲ませながら。




