100年の末路
【大和魔境】上空、対西方軍特別前線要塞基地――通称【天空城】――外周北部『汚染地区』第十二監視塔最上階にて。
「見たか? 」
「見た」
「酷ぇヤラレっぷりだったなぁ……? 」
「誰の目から見てもアレは実質的な撤退だ。今回の敗戦はだいぶ尾を引くことになるだろうな」
言葉を解する知性を持った二体のモンスターが声を抑えて会話をしている。
「はぁ……まったくよぉー……”東の守護者”だか”地獄の番犬”だかなんだか知らねえが……いつもデケェ顔するなら、もう少ししっかりしてくれよなー」
「どうした? さっきは嬉しそうだったではないか? 我々の代表が敗走して」
「分からねーか? 犬王サマが西にどれだけナメられたところで俺の知ったこっとじゃねーけどよぉ……西のカス共に俺までザコ呼ばわりされるのは癪なんだよ」
「だったら、その時はお前が出れば良い。この城を守る新たな門兵としてな」
「バカ言えよ。俺レベルにそんな大役が回ってくる訳が無えだろうが」
両者の間に流れる雰囲気は軽い。仕事中にも関わらず口調は砕け、発言内容には遠慮がない。
「違いない。お前とまったく同じレベルのワタシが保証する」
「はっ! 分かってんならハナから言うじゃねぇ」
それもそのはずだ。
この二体は100年近くの間、同じ地位で同じ監視業務にあたっているのだから。
「なぁ……覚えているか? 最初の派遣先」
「たしか……クレマとかいうまあまあ大きな国の近くだったな」
「そうそう、そこだよ。あん時は良かったなあ……年端もいかねぇガキから食べ頃の女まで。そこら中にいる人間が全てが俺達のもんだった……」
「……記憶が正しければ、お前。たしか食いすぎて全部、吐き出したことあったよな? 」
「な……! んな前のことまだ覚えてんのかよ! 」
「先に昔の話をしだしたのはそっちだ。それにしてもあの頃のお前は食い意地が張ってたなぁ。なんでもかんでも口に入れて……」
「"変態"のテメェに言われたくねーんだよ。選り好みしてオスのガキしか食わなかった癖によぉ」
「ワタシのはただの偏食だ。変態では無い」
「よくそんな堂々と言えるぜ。まったく……」
昔話に花を咲かせる二体の表情は明るい。口から牙を剥き出しに、長い爪をカチカチ鳴らしながら、翼の生えた肩を震わせる彼らの頭の中からは一度、完全に『監視』の言葉が抜け落ちていた。
「しっかしよぉー。こっちの世界でマトモな食事が出来んのは何時になるんだろうなぁ……? 」
「しばらくは諦めた方が良い。久しぶりの戦時なんだ。流石に人間ごときにかかずらわっている場合じゃない」
「じゃあ、いつ終わんだよ? 」
「わからない。ただ……【東方軍】の上層部は決着に数十年は長引くと考えているらしい」
「……チッ! クソがッ! 」
「だから今は耐えるしかない。我らの勝利を信じてな」
「……『勝利を信じて』? お題目は"勝利のために邁進し"じゃなかったか? 」
「戦況に少しの影響も与えることのない末端の我々にとって、上の連中が考えた"薄っぺらい標語"に意味があると思うのか? 」
「おまえ……隊長に聞かれでもしたら、懲罰房じゃ済まねぇぞ? 」
「心配するな。我らが隊長殿はサイコロ賭博で忙しい。こんな場所にわざわざ来るはずが――」
その時。
「「ッ!? 」」
二体のモンスターは同時に目を大きく見開いた。
「なんだ今のはッ!? 」
「分からん! だが警戒しろ! 【魔力妨害】が何重にも施されたこの場所で今の濃さは尋常ではない! 」
「な、なあ……レッドゾーンの妨害レベルって……」
「最前線だぞ? もちろん、これ以上は無い最高等級だ」
「……じゃ、じゃあ……さっきの[魔力]は!? 」
「勘違いにしてはハッキリし過ぎだ。間違いなく近くに居るぞ。”発生源”が! 」
「もしかして……隊長が? 」
「それは違う! 隊長の魔力値は30万。この妨害じゃ【魔法】を使うどころか[魔力]を体外に出すことも出来ないはずだ」
「じゃ、じゃあどこのどいつが……!? 」
「……分からない」
こうして怒鳴り合うこと数秒、二体は完全に沈黙した。監視塔の頂上で。張り詰めた空気は長くその場を支配し永遠にも感じられる1分間を過ごした。
すると静寂に耐えかねた片方は掠れた声で”とある考え”を語り始める。
「……一度だけワタシは『王の声』を直接、聴いたことがある」
「? 」
「たまたま本国に戻ることになったその日は偶然にも『王』が19日ごとの公開儀礼を執り行う日と重なっていた」
「ど、どうしたんだ? 何だよ、急に……?」
「一瞬だった。ほんの僅かな間だった。だけどワタシは感じた。王の[魔力]――その波動を」
「おい……テメェ……まさか……? 」
「ワタシには……そうとしか考えられない……『あの力』はまさしく……」
「馬鹿なっ! こんな辺境にか!? わざわざ何のために!? 」
「私たちを罰するためだろうか……? 」
「そんな訳ねえだろッ! 常識的に考えろよッ! 俺達みてえな塵芥にあの方が関心を持つわけが無ェ! 」
「……それでは先ほどの[魔力]はどう説明する? 」
「……ッ! そうだよ! 俺達の勘違いだ! だってそうだろ!? あんなバカデカい魔力が今じゃ”一カケラ”も感知できてねえ! これが勘違い以外の何だってんだ! 」
「……そう……なのか……? 」
「そうさ! さっきのは勘違いに決まって――――」
「――……勘違いじゃない」
刹那。
二体の時は止まった。
「「……」」
「……なるほどな。たったの0コンマ数秒間『消失』を解いただけでもこの距離だと感づかれてしまうのか」
物言わぬ彫像と化したモンスターたちは背中側の距離にして数メートル付近で独り言を呟きながら練り歩く”[魔力]が一切感じられない何か”へと振り返ることは出来なかった。
「また勉強になったな。”透明人間の真似”のコツが少しは掴めて来た」
そして『何か』は言った。
「今度は……『暗殺』を試してみよう」
実質的な最終通告を。
「……ぁ……ぁ……っ……」
「……ぃ……ぃぃ……っ……」
直後、上下から万力の要領で圧縮された二体は――
「「ギャ」」
――もう二度と物言わぬ『本物の塵芥』となった。




