最悪の夢
ガラスが溶け消えた窓枠から飛び上がり、校舎の外へと脱出する。
その際、一瞬だけ自分が焼き払った教室の方へと振り返った。
「……ッ! 」
深く後悔した。
そこには窓から焼け爛れ、黒焦げになりながら炭化した手を俺へと伸ばす同級生たちの姿があったから。
「……”悪趣味”極まりねえな」
「褒めて頂き恐悦至極。もちろん、こんなもんじゃないぞ? 怒れ。もっと怒れ。君の深層心理を……見せて見ろ! 」
【念動魔術】を解除し、重力に引かれるまま校庭の中心へと降り立つと、校舎の窓という窓からどっと人があふれ出て来る。全員が全員よくよく見慣れた制服を身に纏い、その表情は怒りと憎しみで塗れ、明らかに正気を失っていた。
「【念動魔術】」
俺は眼をつぶった。
集中するために。気を散らさないために。全身から[魔力]を引き出すために。正気を失わないために。これから“自分がやること”を詳細にイメージするために。
「『ショックウェーブ』」
かくして『技』は発動する。
衝撃波は見慣れたグラウンドを呑み込んでいく。
荒れ狂う[魔力]はノイズ以外の全てを砕き、吹き飛ばす。
空の上に巻き上げられた無数の瓦礫と人の影は俺の視界を埋め尽くした。
「まだだ! 」
『神』の号令が再々度下ったのはその直後。
変容した世界は俺を再び元通りになった大和高校の校内へと誘った。
「……次は廊下か? 」
「それだけじゃないぞ? 」
ノイズの言う通り。
「きゃああああああああああああああ! 」
「うわああああああああああああああ! 」
変化は突然、訪れる。
「なんだ……!? 」
俺の尋ねに応じたのは『怪物の咆哮』の三重奏だった。
「饜亜饜饜饜饜! 」
「亜虀氬虀氬虀! 」
「饜亜婭婭邂呀! 」
『ホルダーが殆どいない大和高校にモンスターが湧いたらどうなるのか? 』
この『最悪の想定』を頭の中でしたことはあったけれど、実際に経験するとなると話は全く違う。
俺の視界一杯に広がるのは惨劇を優に超えた虐殺劇だ。
「誰か! だれでもいいから! 助けてくれ! 」
窓ガラスを割り砕いて雪崩こんでくる怪鳥の群れ。
「痛い! 痛い……いたいいたいいたい……」
金棒を振り回して次から次へと人間をミンチの塊にしていく鬼の軍勢。
「救急車……警察? ……先生……先輩……」
リノリウムの床には血肉と破片が散乱し。
「なんだよこれ! なんなんだよ!? 」
耳鳴りのように怒号と悲鳴が重なり合う。
「ははははははははははははははは! 良い景色だなぁ!? 」
まさに、この世の地獄。
想定を超えた最悪。
もしかしたら【第三次迷宮侵攻】の時にあったのかもしれない過去。
「さあ、城本剣太郎。君はどうするんだ? 」
「……【棍棒術】」
本来ならば俺はこの殺戮を無視してもいいはずだ。これは夢であって現実ではないから。
むしろ不気味なほどに静観を続けるノイズのことを考えれば、下手に動かず積極的に無視するべきだ。
だけど……そうだけど……。
「……『乱打』ァ! 」
これを放置するのは俺の精神衛生に悪すぎんだよ!
「おつかれさま。城本剣太郎。君は本当に優しいんだな」
階段を駆け上がり、廊下を走り抜け、校舎中に湧いた全てのモンスターにバットをお見舞いし肩で息をする俺に『神』は意外にも労いの言葉をかけてきた。
「しかし悲しいかな。その“優しさ”が今回は仇になってしまったようだ」
『なんだ? 』という疑問の言葉を呟く暇もなく世界はいつの間にか塗り替わっていた。
高校の広大な敷地からとある住宅街の一部へ。
血まみれの校舎の中から、見覚えのある外壁が折り重なった残骸の山へ。
「……――あ、ああ……」
最初。
そのしわがれた声が、自分から出た音だとはとても信じられなかった。
「君は強い。多くの人を助ける力がある。だから目の前の悲劇を放置できない。助けを呼ぶ声を無視できない。そのために、この“さらなる悲劇”は起こってしまった」
「あ……ああ……ああああ……ああ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“ああああああ……」
もっと声を出そうとしたけれど、壊れた楽器のようにひしゃげた喉はそれ以上大きな音を出せなかった。
「選択肢が多すぎるというのは時に正確な判断を鈍らせることがある。目の前の出来事にかかずらわってしまって視野が狭窄してしまう事がある。だけど仕方が無い。馴染みのある代物が破壊される時、人は大抵冷静さを保てないものだ。大和高校にモンスターが湧いたことを知った時、君は想定しなかっただろう? ダンジョンからモンスターが溢れだすこの現状の被害規模はどれほどのものなのか? 高校付近に限定されるのか? 大和町全域なのか? 果たして――『自分の家は無事なのか? 』」
鼓膜と共に心を大きく揺らせたのは最後に囁かれた部分。
俺はうわ言を呟きながら、ただただ”足元のソレ”をかき抱いた。
「夢だ……夢だ……これは夢だ……夢なんだ……夢だ夢だ夢だ……」
瓦礫の下じきになって冷たくなったその身体は間違いなく――
――『俺の一番大切なモノ』だった。




