観察と急転
「お、早いな。もう交代の時間か」
「ああ、さっさと済ませよう……そういえば聞いたか? イケロース軍団長のこと? 」
「ん? 何かあったのか? あの方はまだ持ち場を離れていない筈だろ? 」
「その持ち場でだ。……今ちょうど『奴』と戦っているらしい」
「『奴』って……あの『【勇者】の再来』のことだよな? 」
「ああ。そうだ」
「……大丈夫なのか? 『彼』は一対一において無類の強さを誇る【黒騎士】様も倒したんだろう。あれから時間も経ち『彼』はさらに強くなっている。果たして、本当に……勝てるのか? 俺はごめんだぞ。第一侵攻軍と同じ末路だけは」
「分からない。だけどこれだけは確実だ。現有戦力で『奴』を倒せる可能性があるのは我らが軍団長の他にいない。だってそうだろう? そのために西王様はイケロース様を遣わせたのだから」
――――【大和魔境】内部を巡回するモンスターの会話からの抜粋。
俺個人を狙い、倒すための【能力】を保有したモンスターがいつの日か襲い掛かってくるかもしれない。
そんな一抹の可能性は頭の片隅で常に考えていた。
そんな状況はある程度想定していた。
そして俺はその時のための“準備”をし続けていた。
ありとあらゆる初見の状況へと対応するための手札を増やしていった。
「はぁ……はぁっ……はぁ……! 」
「君も中々にしぶといねえ。まだ向かってくるのか? 」
だけど『これは』――思ったよりもなかなかに体力を使う。
「【石化の魔眼】! 」
「いまさら効くと思うか? そんな見え透いた攻撃が」
「……ッ『瞬間移動』! 」
「ほら。逃げろ。逃げ回れ。走れ。走れ。跳び回れ」
『余裕があるのに呼吸をあえて乱し、消耗している演技をする』――っていうのは。
「……『超反応』! 『瞬間移動』! 」
「遅い、遅い。止まって見えるぞ? 」
自分からやっておいて思ったけれど、こっち方面の才能は俺には皆無。
すぐに分かった。自分にこの手のセンスは無く、あまりにも向いてないってことを。
だけど意図だけは悟られてはならない。
追い詰められた獲物のフリをして、コイツを欺き続けなければならない。
「『パワーウォール』! 」
「無駄だといってるのが分からないか!? 」
たとえせっかく発動した【魔法】を紙きれを引き裂く様に簡単に破られても。
たとえ逃走する最中に片腕を引きちぎられ、足首をへし折られようとも。
たとえノイズを見つめた眼球の両方がひしゃげて潰れてしまっても。
思考は一瞬も止めなかった。脚は一度も休めなかった。
我慢なら慣れている。演技をするよりも遥かに得意だ。
「【合成魔術】――『火災旋風』! 」
「次から次へと新たな手札を……感心するよ! まったく! 」
モンスターの手のひらの上で踊る、哀れな人間をそうやって演じ続けたからこそ――
「……なるほど。そういうことか」
――ようやく“見えてくるもの”もある。
「ふむ。でも少々、飽きて来たな。そろそろ趣向を変えてみようか」
だけど一縷の望みを俺が掴みかけた瞬間。
「【夢幻魔術】――『世界改変』」
傷一つない白い空間は黒いノイズで、一気に包まれる。
「……これは! 」
「どうだろう? 繰り返しにはなってしまうが気に入ってもらえたかな? 」
点滅するノイズが晴れた後、俺の眼に映ったモノ。
「そう来たか」
さっきも見たばかりなんだ。見間違えるわけが無い。
見上げた先にあったのは昔懐かしい『大和高校』だった。




