夢の世界
本日、二話投稿
正気と共に取り戻した通常の視界、その中心。
胸の奥から怒りが吹き出すのと同時。眼の前から虚構の記憶と虚像が消え去った後に目にしたもの。
【大和魔境】の内部へと侵入して、最初に対峙することになった『敵』。
『イケロース Lv.100
スキル: 【夢幻魔術 Lv.999】【真理の眼 Lv.999】
力:0
敏捷:0
器用:0
持久力:0
耐久:0
魔力:999999 〔999990/999999〕』
それは一見するとモンスターどころか、生き物とすら認識できない『何か』だった。
それは今までに見た魔王の配下の中で最も低いレベル100のモンスターだった。
それは頭上で渦を巻き、とらえどころなく漂い、小刻みに点滅する『黒いノイズ』としか表現できなかった。
けれど俺はすぐさま知ることになる。
この世界にはまだ『理外の強さ』が有るのだということを。
床と壁と天井の区別がない真っ白な部屋――ありとあらゆる可能性を内包した『夢の世界』の中で。
「“最上の幸福を享受できる機会”を捨ててまで、選択したのがソレか? 」
赤と青の2つの目を持ったノイズ=イケロースは語る。
自分勝手に。思うがままに。
自らの持論を、考えを。一方的に押し付けるように。
「はぁ……はぁっ! はぁ……っ! 」
「勘違いしていたよ。君はもう少し賢いと思っていた」
「……【火炎魔術】」
「まだ理解できないのか? この【魔法】が見せる幻をそのまま受け入れてしまった方が遥かに楽だということを」
「……『獄炎』ッ! 」
「消えろ」
そんなイケロースにとって。
相手の存在や理解、返答の有無はもはやどうでもいいことだった。
対話が可能かどうかは関係のないことだった。
「……くそっ! 」
「あえてもう一度聞こう。わからないのかい? 何度やっても同じだよ。抵抗したって無駄だ。完璧な誘導と待ち伏せによって、この世界に取り込まれた時点で君に勝ちの目は万に一つもない」
『神』懸かったように、まるで『神』そのものにでもなったような口調で、人間の少年に語りかけるノイズは事実、この空間においては『神』に等しかった。
「【念動魔術】……」
「今度は念動力――空間ごと対象を直接歪ませられる【魔法】か。効果が薄い火に比べたら悪くない選択だ」
「……『ショックウェーブ』! 」
「生まれた時から”物理的な実体”を持たない私の基礎ステータスは貧弱。[魔力]の他すべてに0だけが並び、【スキル】と【魔法】に至っては一つずつしかない。認めよう。現実世界においての私は未だに『吹けば飛ぶ存在』だということを」
「『圧縮念波』!! 」
「だがここは現実ではない。【夢幻魔術】によって私が1から構築した『夢の世界』。この空間では『世界の創造主』である私の思考は全て実現する」
「……ッ!? 」
「地形を変えるレベルの【魔法】の一つや二つ消滅させることなど造作もないことだ」
息を切らす少年と笑みで声を震わせるノイズ。
地に這いつくばる少年と悠々と浮かび上がるノイズ。
自分の身から[魔力]を振り絞り【魔法】を放つ少年とただ『消えろ』と口にし、視線を送るだけで【魔法】を消し飛ばすノイズ。
比べるまでもない。並べる意味もない。
どちらが上なのか。主導権を取っているのはどちらか。
その答えは決まりきっていた。
「……くッ! 」
「聞いたことがあるかい? 『何かを得るためには、何かを諦めなければならない』という一節を。これは私が一番好きな言葉なんだ。あらゆる世界で通用する普遍的な真理だと思っているからね」
「……ッ! 『疾風怒涛』! 」
「私もね。諦めたんだよ。現実世界での最強を。称賛を。栄誉を。栄光を。そして代わりに得た。夢の世界での『神の座』を。この地位は何人たりとも侵すことが出来ない。君にも。彼の伝説の【勇者】にも。我らが王の中の王でさえも」
「『超反応』! 『超反応』! 『超反応』! 『瞬間移動』! 」
「なぜこの世界を拒絶する? なぜそうムキになる? 」
「『集中治療』! 『超……再生』ッ! 」
「なぜ君はたちあがる? なぜ君は戦っている? 果たしてなんのためだ? 」
そうやってノイズは幾度となく問いかけた。
耐久力数百万の少年の身体を世界ごと歪ませながら。
世界ごと少年の身体を細かく切り刻みながら。
放出された『黒い炎』を少年の身体から切り取りながら。
イケロースは”悪魔のささやき”を繰り返した。
「楽になれ。心に身を任せろ。さっさと認めてしまえ。本当は”ホルダーの力なんて欲しくなかったっんだ”ということを」
ヒビ一つ無い少年の精神にたった一つの楔を打ち込む……ただそれだけのために。




