時間切れ
露天の並ぶ大通りから少し外れたいわゆる裏路地で。
仮設住宅の外壁に、胸ぐらを掴んで押し付けた男に向かって俺は一方的に宣言する。
「詳しい話を聞く前にまずは『場所を移そう』か。ここは人が多すぎる」
「ちょっ……まっ……! 」
「『全力疾走』! 」
有無は何も言わせなかった。抵抗は一切許さなかった。
時間間隔を引き伸ばす超速移動で避難地区から1秒足らずで脱出し、ここからほど近い"【大戦】の戦場"の終端に悠々と降り立った。
一方、首根っこをつかんだまま連れて来た男は荒野にへばりつき、荒々しく息を吐いていた。
「はぁ……はあ……はぁ……」
「まだ、しゃべる体力は残っていそうだな? 」
「はぁ……はぁ……はぁ……――」
「好きなだけ暴れていいぞ。ここなら誰も傷つかない」
「はぁ……――はは」
「……? 」
「ははははははははははははは! 」
そんな尋問を始めようとした矢先のことだった。
唐突に、男は高笑いを始めた。
「なにがそんなにおかしい? 」
「失礼っ……いやね……君に見つかった時の対策を僕がしてないと思っていることが余りにも滑稽でねぇっ……! 」
聞いてもいない説明を滔滔とし始める男はまるで『勝った』とでもいいたげな表情を浮かべていた。
「わからないな……。お前がさっきから何を言いたいのか」
「残念だったなぁ……! 城本剣太郎! 君は今から何の情報も得ることは出来ない! 」
「なに? 」
「知ってるか? 僕のスキル【インスタント・ワープ】の効果を! この【スキル】は超長距離の空間跳躍が可能な反面、時間制限が存在する! 制限時間が過ぎてしまうと元居た場所に自動的に戻されてしまう厄介な仕様だ。けどこの『仕様』……少し頭を使えば上手く使いこなすことが出来る。ここまで言ったら何が言いたいのか……分かるな? 」
「……つまり俺がお前から情報を聞き出す前に制限時間がやって来て、逃げ出せるって言いたいのか? 」
「そのとおり! ははははははははははははははははははは! 」
そして男は再び笑い出す。嘲りの感情が多分に含んだ声を上げる。
『得意満面』の四字が最も似合う憎たらしい表情に思わず手が出そうになるけれど――
「はぁ……それで? 」
「はははは――……は? 」
――まあ良いだろう。
「そんな"分かり切った話"を今更したかったのか? お前? 」
「いや……聞いてなかったのか!? 僕は――」
「――“あと110秒で逃げられる”。そうだろ? 進藤エイト? 」
「……ッ!! 」
「その程度の【偽装】で欺けるとよく思ったな。こちらを監視するお前を見つけ出したその瞬間から、お前の手の内はぜんぶ割れてんだよ」
「……だ、だ、だが! 城本剣太郎! 君が情報を引き出せないこの状況は変わらない! 僕はいかなる拷問にも屈するつもりはない! だから僕の勝――」
男――進藤エイト(21)の虚勢を遮るように俺がポケットから取り出したモノ。それは一見すると紐にビー玉の様な珠がハマっただけのシンプルな腰飾り。だがその効果の希少価値は見た目の凡庸さを遥かに凌駕する。
「【技神のアミュレット】……知ってるか? このドロップアイテムを」
「……」
男は無言だった。
だけど目は口程に物を言う。まぶたを見開き食い入るように見つめる、その反応を俺は『肯定』とみなすことができた。
「お前の知るようにコイツには『【スキル】の力を何でも一つだけ込め保存する』ことが出来る破額のドロップアイテムだ。もちろん使用回数制限はあるけれど……単純に手数を一つだけ増やすことが出来るのはかなり有用だ」
「……」
「さて……俺の周りをこそこそ嗅ぎまわっていたお前に問題です。俺はここに“誰”の“何の【スキル】”を込めてもらったでしょうか? 」
「……」
問いかけに対して、わなわなと口の端を震わせ一切声を上げようとしない男。俺は大きく深いため息をつくと怪しい光を放ちだす『腰飾り』を男の顔に近づけ、スキルの名を口にした。
「残念。時間切れだ――……【心理探索】」




