戦士の休息(3)
「……ッ! 」
気付いた時にはもう、そこは避難所ではない。俺が現在、立っていたのは異国情緒漂う円形のカーペットの中心。派手な色使いの布地が天幕からいくつも垂れ下がる遊牧民のテントの中だった。
視界の正面に置いてある”空の椅子”以外には碌な家具すら置かれていないその場所で俺は一人立ちすくむ。
「ここは……? 」
どこかから漂う謎の香料のむせ返るような甘い臭いに一瞬顔をしかめながら、湧き上がった疑問をつぶやく。
だけど予想通り――
「この場所に名前はありません。あえて言うとするならば――『占いの館』とでも言うべきでしょうか? 」
――『答え』はすぐに返って来た。
「……人間か」
つい先ほどまでは完全に無人だったはずの布の向こうの奥座には深いフードで顔を隠した『女』が座っていた。
「心配しなくても大丈夫です。こちらに危害を加えるつもりではありません」
自分で言う通り『占い師の女』からは敵意や悪意の類は一切感じられない。【鑑定】スキルを使えば【偽装】で邪魔されること無く相手の手札が見える状態だ。もしも殺意があるのならわざわざ用意した異空間に連れ込むような面倒な真似をしたうえで、そんな不用意な真似はしないだろう。
「それに分かっていたんでしょう? 私に敵意が無い事。最初から分かっていたからこそこんな強制転移に乗っていただけたんですよね? 」
そこまでお見通しなのか。それじゃあ取り繕う意味もないな。
「アンタが噂の――『絶対に当たる占い師』か? 」
「どんな風説が流れているのかは存じ上げませんが……似たようなことはさせて頂いております」
「ちょっと手口が強引過ぎないか? 押し売りする気なら、悪いな。あいにく財布は持ってきてないんだ」
「いいえ。アナタからは何も頂きません」
そう言って女は椅子から悠然と立ちあがると真正面に立ち、俺を見上げる。
ハッとした。
布で出来た暗い闇の奥には綺麗な翡翠色が輝いていた。
「この空間には二種類のお客様がいらっしゃいます。自らこの場所を求めてやってくる方と、“個人的興味”を満たすため私の方からこちらへ呼ぶ方です。後者であるあなたからは何も取りません」
怪しく光る緑の虹彩に見入られそうになりながら俺は掠れた声で問いかける。
「つまりタダで良いから……『占わせろ』ってことか? 」
「はい。その通りです」
その時、俺は確かに見た。暗闇の向こう側にうっすらと見えた唇が弧を描くのを。
これからの流れの説明を受けつつ、俺の顔は次第に曇っていく。折角だから受けてみようと決めた『占い』の内容が予想とはかなり違ったものだったからだ。
「それじゃあつまり……どんな種類の【予知】になるのか事前に分からないってことか? 」
「私の『占い』は“天からの託宣”と言う形を取ります。預言に近いモノなので、アナタが求めている事や、具体的なことは申し上げられないかもしれません」
「なんか……めちゃくちゃ胡散臭いな……」
思わず正直な感想を吐露すると女はフードを被ったまま小首をかしげた。
「やっぱり辞めときますか? 」
「いや……やってほしいです。ぜひお願いします」
「ふふふ。まあすぐ終わりますからね。じゃあそこで横になってください」
「これで良いか? 」
「良い感じです。そのまま10秒間。動かないでください」
思いのほか柔らかい布地に背中を預けると、女は俺の顔の前に手をかざした。
「それでは始めます――――【全知の託宣】」
【スキル】の名は厳かに呼ばれた。
その声をきっかけに、テントの中はあらゆる異変が起き始めた。
どこからか鐘の音が鳴り出し、光が差し込んでくる。
膚が波打ち始める。鳥肌が全身を覆い始める。
渦巻く強風がバタバタと天幕を巻き上げる。
折り重なる布地をはためかせる強い[魔力]の振動に目をギュッと瞑る。
「え……」
そして荒ぶる[魔力]が収まり、静寂が戻る直前。
その刹那。
その瞬間。
瞳の裏に。
何故か。
見えた。
浮かび上がる『梨沙の顔』が。




