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封印

 村本の胸元から漏れ出す怪しい光。その紫色の光の発生源が取り出されると、俺は自然とその物品の一般名詞を口にしていた。



「ペンダント……? 」



 俺の目に入ったのは旧いアンティークの首飾り。黒い紐にぶら下がっているのは『眼』の意匠がついた三角形の飾り物(ヘッド)


 なんだこれ……?


 しばらく見つめていると視線が合う。ペンダントの目と俺の目が。すると。



「……え? 」



 その瞬間、俺の身に起きた変化は絶大だった。外見的な変化はない。ただ内側は違う。


 何だ……?…なんで…? さっきから……力が全く入らない。



「『真美眼のペンダント』。これを首にかけた者は【鑑定】スキルの上位技能……【真眼】スキルを使用できるようになります」



 首飾りの説明を開始するのと共に俺の手首を掴み上げる男。


 抵抗しようとするがビクともしない。この時、俺は村本の力に完全に抑え込まれていた。そう、まるでステータスを得る以前(・・・・・・・・・・)に戻ってしまったかのように……。

 

 そして男は言葉を繋ぐ。



「それでは貴方にこのペンダント最恐の能力をお教えしましょう! この首飾りを一目見た人間全ての『ステータスの無効化』、『全能力向上(バフ)の無効化』、『全状態異常(デバフ)の無効化』」


「……は? 」



 恐ろしく、理解しがたい現実を俺に突きつけるために。


 

「つまり今のあなたは…………雑魚です……!!」



 俺の心をへし折り、ドン底へと叩き落とすために。



「……っ! 消えた……!? 」  



 眼の前にいたはずの村本の姿を見失った瞬間。



「どこに目をつけている! 」


「……がはぁッ!」



 吹き飛んだ。


 顔面が一瞬で熱くなる。ねじ曲がった節々が悲鳴を上げる。殴りつけられたことに気付いたのは地面に背中から叩きつけられた後だった。



「……くっっそォ!」


「まだまだァ! 」


「……ッッ〜〜!!」



 何とか起き上がろうとするところにすかさず来る追撃。腹を蹴り上げられ1秒間、呼吸が止まる。再び地面に激突し、血を吐き出してから、ようやく気付く。【自動回復】スキルが全く機能していないということに。



「よくよく見てごらんなさい。あなたのステータスを。気づきましたか? どうです[力][敏捷][器用][耐久力][持久力][耐久力][魔力]……ステータス6項目すべての隣に貧弱な数字が並んでいます! [魔力]に至ってはたったの1!! これは嘆かわしい! 私の世界の赤子にすら劣ります! 」



『城本 剣太郎 (年齢:16歳) Lv.90


  職業:無

 スキル: 【棍棒術 Lv.17】【疾走 Lv.16】【投擲術 Lv.6】【鑑定 Lv.9】

      【念動魔術 Lv.12】【自動回復 Lv.9】【火炎魔術 Lv.7】


  称号:≪異世界人≫≪最初の討伐者(ファースト・ブラッド)≫≪巨人殺しジャイアント・キリング


   力:14

  敏捷:17

  器用:14

 持久力: 8

  耐久: 6

  魔力: 1              』



 言われるままに確認し絶望した。現在の俺はステータスを『切った』状態だ。日常生活になんの支障も無いステータスだ。


 すなわちレベルを持つ存在との戦いにおいては何の役にも立てないことを意味している。



「この【真眼】スキルは【鑑定】スキルと違い即座に結果を知れません。……だがしかし『見る』対象をより深く知ることが出来ます。私は貴方の『本質』を看破しました」



 村本の顔をした男は座り込んだ。地面に倒れて荒く息を吐き続ける俺と目線を合わすために。



「あなたは……『魔力頼り』です」


「ま、まりょ、く……? 」



 予想外の言葉にオウム返しをする。だが、声すらまともに出ない。うつむきかけた俺の頭を『スーツの男』は村本の腕を使ってわしづかみ、引き上げた。



「自覚は無かったですか? 傷の回復には【自動回復】。そして戦闘の根幹は【棍棒術】と【疾走】の『技』中心。そう、戦いにおいての全ての行動にあなたは自然と魔力を消費していることに! そのことに気づかなかったのですか? だからあなたは魔力にポイントを5000も振り分けているのではないですか? その本来であれば[1]という数字を誤魔化すためにねぇ……! 」



 朦朧とする意識の中で『スーツの男』の言葉を反芻する。言われてみれば確かにそうだ。俺は魔力が戦闘の全てを支えている。そんな俺の魔力が1になったら残されるのは……。



「そう、今のあなたにできることは金属バットを装備し【棍棒術】の2.2倍の倍率補正を使ってダメもとで戦うか、【疾走】の2.5倍の補正でひたすら逃げ回るしかありません。ですが……」



 右手に俺の髪の毛、左手に持っていたのは金属バット。奴がグリップに力を入れた瞬間、メキメキと音を立てて壊れていった。



「これでもう【棍棒術】はただの飾りになりました……。手入れ不足? いやこの世界の武器がただただ脆いだけですかね」



 返す言葉もない。


 バットと心は同時にへし折れた。



「ここで表舞台から消え逝くあなたに言っても詮無きことですが……剣太郎さんはレベル100以上を目指しているようですね。ですが……『3桁の壁を超えられる人間』は必ずその全員が生来の6項目に何かしらの人知を超えた強みを持っています。凡庸なあなたとは違って。何が言いたいかと言うと『どちらにせよ、無理』ということです」



 意識が薄れていく。



 村本の声がどんどん小さくなっていく。



 目の前がだんだん暗くなっていく。



 両手足の感覚は先からなくなっていく。



 痛みすらも引いていく。




 ただ体の奥底では――――熱を持った『何か』が蠢きだしていた。




(完全に心を折ったな……)



『スーツの男』は確信していた。自分の揺るがない勝利を。


 男の計画はこうだった。まずは剣太郎の友人の身体を手に入れる。男が分析した剣太郎の性分は善性が高く、友人を傷つけられるような性格ではない。これでほとんどの攻撃を封じることができると判断した。


 加えて用意したのは『首飾り』。手に入れるのに数十年を要した代物。期待通り凄まじい効力を発揮した。ここで完全に男と剣太郎の力関係はひっくり返る。



(くくく……操った身体を気絶さえさせられれば操作は出来なくなるんだがなぁ……。お前には気付けなかったか? まあ、そんなことを出来る力すらこのガキにはもう無かったか。さぁ後はこの首をへし折るだけ……)



 男は操った腕を伸ばす。無防備にこちらに晒されたうなじへと。



「──ん? 」



 刹那、妙な胸騒ぎをして男は動くのを止めた。何か違和感があった。その正体が何かが分かる前にこの少年の息の根を止めるのには抵抗があった。


 数秒の思考。その場が一瞬だけ静寂に包まれる。


 そして気づいた時には男の身体は自分の意志で(・・・・・・)少しも動けなくなっていた。



「……なにぃ!? ……他に誰かいるのか!? 」



『スーツの男』は必死で周囲の生きている気配を探る。けれどやはり目の前でうずくまる少年以外はない。それだけは間違いなかった。



(じゃあ……このガキが!? )



 それはあり得ないはずだ、と男は自分の考えを自分自身で否定する。なぜなら『真美眼のペンダント』は破壊されない限りその効力は永遠に続くから。首には間違いなく無傷のペンダントがかかっている。ならばこの少年には魔法の類は使えないはずだった(・・・)



(……怪我が……治っている? )



 ようやく気付いた違和感の正体。それは負傷を負った少年の身体に負傷の痕跡がどこにも無いということ。一桁の耐久力の少年は強化された村本の攻撃を受けて内臓がグチャグチャ。顔は大きく変形して血みどろになっているはずだった。


 だが男の目の前で立ち上がる剣太郎からは目に見える傷どころか、怪我をかばっている素振りすら見当たらなかった。



「貴様ぁ! 一体どういう絡繰りをぉ! 再び真実を表せ『ペンダント』!! 」



 自らの手で叩きのめしたはずの存在が戦闘態勢に移行した瞬間、男は叫ぶ。首飾りは声と共に発光する。間違いなく効果はあったはず。


 念には念を入れて男は【真眼】スキルを発動。焦燥感を垂れ流しながら、剣太郎のステータスを読み取った。



「馬鹿な……何だその[魔力]は……!? 」



 そんな男の目には映っていた。剣太郎の6つの項目欄。5つは前に見た時と同じ凡庸な数値。しかし、その中で[魔力]の隣には980の字が刻まれていた。



「ありえない! その生来の数字が変化することは! そうだ、その数字に関与できるのは他人からの強力な能力向上(バフ)状態異常(デバフ)……」



 男は自分で言って気づいた。


 ある一つの可能性を。


 思い出していた。この『魔王の鍵』を持つ剣太郎という人物を見た最初の印象を。凄まじい効力を持つ『鍵』にはふさわしくないほどに凡庸。いやそれどころか[魔力]に関しては人よりも凄まじく劣っていた。


 それほど『1』という常識外れに低い数値は今まで見たことも、聞いたことも無い。



(いや違う。ありえねえ絶対に! 1はおかしい。何か別の力が働いている!! そうだ! 例えば『封印』のような……)



 答えに至った直後、背筋がゾッとした。この剣太郎にうずまく謎の一端を目の当たりにして。


 なぜこの少年が魔王の鍵を持っているのか。なぜこの少年の本来持つ膨大な魔力は『本人すら気づかないという』超高度な封印がされていたのか。男の所属する組織を凌駕する巨大な意思や執念をそこに感じ始めていた。



(失敗した。なんで『真眼のペンダント』なんて持ち出した? 封印は俺のせいで解かれちまった! 俺は開けちまったんだ。災いが詰まった箱の蓋を……! )



 そこからの男の決断は早かった。


 即座に魔法を解除。村本の身体が糸を失った操り人形のように崩れ落ちる。それと同時に工場の瓦礫の中から飛びだす一つの黒い影。



(とりあえず今は逃げろ! できるだけ遠くへ! あの化け物がたどりつけない場所へ! いつもみたいに空中ににげちまえば……! )



 なりふり構ってなんていられなかった。惨めさを隠す余裕なんてどこにもなかった。


 男は逃げ出した。 


 捨て台詞も残さず。


 一度も背後を振り返ることもせず。



「『一投入魂』! 」 



 それが男にとって最後の思考になるとも知らずに。



「あっ……が……!? 」



 投げつけられた金属バットの破片は男の背中に突き破り、ペンダントを破壊。直後、男の身体は煙となって(・・・・・)爆散した。それが200年生きた『Lv.16 ナイト・キャップ・ピクシー』の最期だった。


『ナイト・キャップ・ピクシー:嘘と真実を織り交ぜた話術と変身魔法で人心を惑わす魔人。自分よりもレベルの低い存在に洗脳魔法をかけて操ることも出来る。』


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