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追跡の末路

 薄暗い街をビルの明かりと街頭が照らす様子をぐるりと一周するように見回すと、目に映るのは人。人。人の群れ。大和町はそれほど大きな都市でもないけれど、顔を判別するのが難しいほどに大量の人間が光に沿って足早にうごめいていた。



「まあそう簡単には見つかるわけないよな……」



 現在、俺がいる場所は新大和駅前のスーパーの屋上。『スーツの男』と出くわして、一人で解決しようと意気込んでから既に3日という時間が経過した。


 結果は全く振るわない。


 こうして人の多いところで【鑑定】スキルを使用し、高所から見下ろしてステータス持ちを見つけようとしているが見ての通り、かなり無理がある。

 

 スマホの時計を確認するともう18時。学校が終わって寄り道せずに来たから、2時間以上もここにいたことになる。日も少し前に完全に落ちきった。人工の光だけじゃもう【鑑定】を使っても見つけるのは難しい。


 今日はもうこれ以上は無理だな。諦めて帰ろうとしたその瞬間。



「……! 」 



 見つけた! 顔は分からない。でも頭上にレベルを表示させたステータス持ち。バス停の近く。行き先は……えっと……ああ……ヤバイ! このままだと見失う!

 

 すぐに出口へ……いや。館内のエスカレーターと階段を使ったら確実に取り逃す。どうする? 思いつくショートカットの方法はあるけれど……失敗すると恐ろしいことになる。


 行くか? 諦めるか? 


 決断のための時間は少なかった。けれどすぐに判断した。"やるしかない"と。



「よし…… 」



 屋上の端に移動。2m以上ある落下防止用の柵を飛び越える。


 そっと足下を見ると地面は柵の内側から見るよりもいっそう遠くに見えた。ダンジョンでは散々高いところから飛んできたけど……なるほど。現実世界だとこうも違うのか……。ちょっと……いやかなり怖いな。でも……俺にはもうためらっている暇は無い。



「……いくぞ! 」



 意を決し宙に体を投げ出す。目標は裏路地。歩行者は今、誰一人いない今がチャンス。



「うぉ……! 」



 はためく制服。身を貫く空気抵抗。アスファルトは眼の前から消えることはなく加速度的に近づいていく。ぶつかると思ったその瞬間。全身は自然と着地の体勢を取っていた。



「はぁぁあああ~……いけたか……」



 これまでは目立たないためにステータスで強化された部分をなるべく現実では使ってこなかった。だけど今、心の中に付いていた何かのタガが外れた気がする。


 もうスキルも魔法も使うことに躊躇(ためら)いはない。あらゆる手を駆使してアイツの尻尾を掴んでやる。もちろんそっと静かに、向こうに気づかれないことは大前提。



 こうして人生初めての追跡は始まった。



 すぐにわかった。尾行対象のステータス持ちが男性であることは。しかし、距離が余りに離れているため『レベル』や『名前』は読み取れない。もっと距離を詰めた方がいいかもしれないが、俺は尾行に関してはズブのド素人だ。下手な真似をしてバレる方が怖かった。


 一方、男は俺が後ろからつけていることに気付いた様子もなく人込みをかき分けて街の中心から消えていこうとする。


 大和町はいわゆるベッドタウン。駅前の繁華街はそれなりに繁盛しているが、駅から少し離れるとすぐに人通りは少なくなる。


 人の数がまばらになるのに合わせて距離を離しながらも必死で男に着いていく。大和町に住んで10年以上になるが未だに男がどこにむかっているのか見当もつかない。ただ、見失わないことにだけ気を付けてひたすら歩む。


 そのままストーキングを続けること30分。ようやく男の目的地は判明する。


 ここは城本家と駅を挟んで反対側にある倉庫の近く。以前、ニュースで謎の事故が発生したことが報道された場所。今は復旧のために塀で囲われているが男は構わず中へ入っていく。男が工事現場の白い壁の向こう側へと消えたことを確認した後、急いで俺も入ろうとしたその時、急激な胸騒ぎに襲われた。


 あれ? 


 俺、ここに入って行っても良いのか……? 


 耳を押し当てて壁の外から中を伺う。静かだ。何も聞こえない。倉庫の工事自体はまだ始まっていないようだ。この周辺には男と俺以外に人がいる様子は全くない。


 そう、まさに"誰かを誘い込む"にはうってつけの場所。


 緊張で左胸がキリキリと痛みだした。今日の夜は涼しいはずなのにさっきから汗が止まらない。心を落ち着けるために、自然と頭は自分の嫌な想像を否定する方向で考えを巡らせ始める。


 そうだ……そうだよ。もしもあの男が予想通り、異世界人なら現実(こっち)で人目のつかない場所なんて気にするか? だってあいつ等は誰からも見えな──



「……あ」 



 そこまで思考が至ってから俺は思い出した。尾行した男が駅前の通りを歩いていた時。前から来る人を避けていたことを。そして他の通行人も同様に男のことを認識して(・・・・)避けていたってことを。


 だったら違う。壁の向こうの男は『スーツの男』じゃない! アレは人間だ。俺の尾行に気づき、こんな人気のないところまで誘い出した、ただ普通(・・・・)の……。


 直後、心臓の音が耳にまで響くほどに巨大化。それに呼応するように頭は高速で回転し始める。


 じゃあ、誰だ? 今俺が追いかけていた男は。


 ステータス持ちの日本人……俺はその事例を俺以外に一つしか知らない。


 あの炎の中で見た『迷彩服』の集団。そうかこの男はその仲間だったんだ! 


 現状俺から見て、彼らの目的はわからない。だけど、これだけは分かる。ここに居続けるのはまず過ぎ……。



「ぐわあっ! 」



 何の前触れもなく上がった悲鳴は、思考とともにはりつめた空気を切り裂いた。


 何だ今の!? どこからだ? まさか……塀の中か?


 おそるおそる壁の中へと体を滑り込ませる。


 内部の様子が目に入った瞬間、機能停止寸前だった思考回路は完全に動かなくなった。脳みそと視界に映し出された情報が全く結びつかない。工事現場の中には想像の埒外の光景が広がっていた。



「……村本? 」



 破壊されつくした倉庫のすぐわきに立つ見覚えがありすぎる顔。すぐ視線を下げると、その足元には俺がずっと尾行していた男が横たわっている。どうやら男の方は気絶しているようだ。



「……ったく。危ないところだったな、剣太郎」


「村本? なんで? え? 」


「本当に不用心過ぎるぞ。フォローするこっちの身にもなってくれ」


「お前……む、村本……だよな……? 」


「わかってるのか? あと少しでお前の顔はコイツ等に正体がバレてたんだぞ? 」


「頼む……答えてくれ……どうして? 村本が──」


「危ないところだった。間一髪だった。本当に良かったよ。ギリギリ俺が来るのが間に合って……」



 村本は俺の質問に全く応えてくれなかった。一方的に。無視するように。ベラベラと向こうのペースでしゃべり続ける。まるで――優等生で、聞き上手のアイツと別人のように。



「わかった……それはわかったから……な、なんで……こんなところに……?」


「まあ、それはたまたま通りがかったって奴だな。まあ詳しい話は場所を変えてからにしようか。コイツ等の仲間がいつ来るか分からないからな……」



 村本は、俺の知る友人の村本と同じように冷静な態度を崩さない。いつも通りの冷静な口調で簡潔な説明をして、冷静な判断のもと俺に妥当な提案を投げかけてくる。だけど、今の俺はそれどころじゃなかった。今日一番の衝撃をこの瞬間に味わっていたのだから。



「何で……何で!? お前に……【鑑定】スキルが反応しているんだ!? 」



 間違いない。青い視界の中で村本の頭の上には何かが表示されようとしていた。この反応は現実世界の普通の人間には絶対に起こらない。


 どういうことだ……? どうなってるんだ……!? もう頭の中がグチャグチャだ……! 俺は一体何を見させられているんだ!?

 

 頭をかきむしり、目を抑え、必死で荒れる息を整える。もう自分で考えるのも限界だ……。今は何よりも、村本からの答えが欲しい。



「……」


「……」



 重苦しい沈黙の間が続くこと10秒。静寂を破ったのは、深く長い息を吐き出す『村本の姿をした"何か"』だった。



「……はあ、さすがに誤魔化すのも限界ですか。けれどまあ、いいです。『コウアン』の方々にあなたを捕捉される前に『鍵』だけは回収しなければならなかったので。もう十分にあなたのことは分かりました。ここならちょうど邪魔も入りません……」



 見知った顔が口にする、聞き覚えのある慇懃無礼な口調。鈍い俺でも流石に気づく。もう、そこには俺の知っている友人の面影はどこにもない。


 顔が一緒でも、声が同じでも、その中身は全くの別物だ。



「いつだ……いつからだ! いつから"すり替わって"た!? 」


「ふ~む。そうですね。その質問に答える前にまず一つ間違いを訂正する必要があります。すり替わってはいません。私も。私の知己の中にも。人に化けるような【魔法】や【スキル】の保持者はいません。私ができる魔法はたった一つだけ。『他人の心と身体を操ること』。それだけです」


「なん……だと……? 」



『スーツの男』が村本に対して行っていたことの想像をはるかに超えたエグさに怒りを覚えるのと同時に呆然とさせられた。変化に全く気付けなかった自分自身に。



「それで操り始めたのはだいたい1週間くらい前ですね。ちょうど貴方がご学友をアラクネアから救出したあたりです。その時に私はやっと『魔王の鍵』を持つ貴方を見つけた時と言うわけです」



 ベラベラと聞いてもないことまでしゃべり出す『スーツの男』。なおさら傷ついたら。ここまで用意周到に外堀を埋められていて、こんな大胆な真似をしでかされていたのに……なのに……俺は……。


 膝から崩れ落ちる。ポケットから取り出した『魔王の鍵』を地面に置く。両手も鍵のすぐそばに添えた。



「おやおや……もしかしてそれは噂に聞く『ドゲザ』というやつですか? 」


「頼む。鍵は渡す。俺はどうなっても構わない……だから村本だけは助けてくれ……いや、下さい! ソイツは迷宮のこと何も知らないんです! 」



 懇願した。なりふり構わず。


 後悔していた。なんでこんな見てすぐに分かるほどにヤバイ奴と敵対したのかと。だけど、嘆いてももう遅い。主導権は完全に向こうに握られている。



「顔を上げてください。剣太郎さん……」



 村本の声で寒気のするような丁寧語を使ってくる男。だが、今の俺はこの男の言うことを聞くしかない。ゆっくりと顔をもち上げた。するとそこには人生の中で見てきた笑みの中で最も邪悪なソレを顔に張り付けた俺の友人がいた。



「現在、私は単独で行動しているのですが……考え直した結果。とある結論に行きつきました。剣太郎さん。貴方は今後の計画の障害になりえます。だから、ここで……大人しく死んでください」



 その言葉を言い切らないうちに、直感だけで技を使用。使ったのは『超反応』。10mほどの距離を一瞬で稼いだ。


 さっきまで俺がうずくまった場所に視線を向けると、そこには村本の右拳が地面を割り砕き、深く突き刺さっていた。



「な……! 」


「驚きました? 実は私、心身を操作する魔法の副次効果として操る対象の身体の限界を引き出した上に、私自身のステータスの一部を加算することが可能なのです……! 」



 その言葉を証明するように人間離れした速さと力で俺に迫ってくる操られた友人の身体。速い。最低でもレベル30はありそうなスピード。


 だけど──。



「──この速さなら問題ない」



 正直に言おう。操られた村本の攻撃は現在の俺にとって当たる方が難しいほどだった。それだけ身体能力の差があった。余裕をもって振られる拳を見切り、最後には掌で受け止めることが出来た。


 俺は村本の手首を壊さないように細心の注意を払って掴みあげながら再度、懇願した。



「頼む。村本は何も関係ないんだ。解放してくれ」


「流石に強い。この身体じゃ貴方に勝つのは難しいようだ」


「わかっただろ? 敵わないって……。何度でも言う。鍵は渡す。だから村本は開放してやってくれないか? 」



 その言葉を聞いて、村本は──もう一度嗤った。


 確かに圧倒している筈の俺の手が震えあがってしまうほどの『怖さ』を笑顔の裏側にたたえて。



「言ったでしょう? 剣太郎さん、アナタのことはこの数日間よく見させてもらいました……。お見せしましょう。もう"こちらの準備"は終わっているということをね

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