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2つの勢力

「はぁ~……」



 景色がトンネルに切り替わったことを確認して深く息を吐く。内側にたまった悪い空気を抜くと、ほんの少しは徒労感を誤魔化せた。


 ちなみに面白いことを一つ挙げると日本の街と上級ダンジョンの奥底の空気にそれほどの差は無い。迷宮が思ったより綺麗なのか、大和町が汚れているのか、のどっちなのかは分からないが。


 しかし呼吸をすると全身に負った傷がズキズキと痛む。ボスの前ではいかにも余裕な顔をしていたが腐っても上級ダンジョン。全く危なげなく攻略できる段階には至ってない。


 特に防御が回らなかった腕にはそれなりの数の切り傷を負ってしまった。【自動回復】で傷口は無くなっているが失った血液はすぐには帰ってこないようだ。今は動かすのもダルい。


 まあ少しは上級ダンジョンにも慣れてきたといっていいだろう。満足して家に帰ろうとしたその時。誰かがずっと見ていることに気付く。



「……」



 声を上げず。音を立てず。ゆっくりと後ろを振り返る。


 そこに居たのはスーツを着た胡散臭そうな顔をした男。いつの間に。全く気配を感じなかった。時間も時間だから残業帰りのサラリーマンってところだろうか? 面倒だな。迷宮に入ったところから見られていたとしたらトンネルの壁を触って一瞬消えて、一瞬で戻ってきたようにえていたはず。


 ……まあ改めて省みると多少、妙ではあるが誤魔化せる範疇か。変に意識する方が怪しまれる。


 息を吸って吐き出し、歩き出した俺は気にせずサラリーマンの男の横を通り過ぎようとした。



「こんばんは……城本剣太郎さん? 」



『全力疾走』を使用したのは急に声をかけられて全身が総毛立ったのと同時。一気に『男』から距離を取る。間髪入れずに【鑑定】スキルを使った後に大きく舌打ちをした。こいつ……ステータスを隠ぺいしてやがる……!



「素晴らしい反応の速さですね……さすがは成長限界を超えてレベル90の高みに至っているだけはある」


「何者だアンタ? さっき工場で戦っていた迷彩服の連中か? 」



 視線は一切そらさない。男の一挙手一投足に集中しながら多分、返答の来ないであろう質問をした。男は俺の問に対してほほ笑みを返した。



「迷彩服の連中……ああ! 『コウアン』の方々のことですか? 私はあの程度の雑魚とは何の関係もありません。くれぐれもお間違いの無きように……」



 ガーディアンゴーレムを集団で危なげなく処理した『彼ら』のことを『雑魚』と言い切るこの男。さらには全く別の勢力ということも匂わせてきていると来た。


 警戒を最大限に高めつつ、生唾を飲み込んだ。本当に良かった。ダンジョン攻略が終わったからと言ってステータスを切らないで。


 でもダンジョン攻略直後で余り体力に余裕がないのもまた事実。腹の探り合いができるほどに万全じゃない。ここは本題にいきなり切り込もう。



「じゃあ一体何の用なんだ? 」


「話が速いですね! では本題を……実はお願いがあって参りました。ぜひその手に持った鍵――――『魔王の鍵』を譲っていただけないでしょうか? 」



 "内容"さえ無視すれば、俺の問いに帰ってきたのは意外にも好感触で丁寧な反応だった。『要求』を言い終えた男はゴマするように両手を重ね、平身低頭しながらこちらの様子を伺っている。


 なるほど。狙いはそれか……。手に持った鍵を見る。いつのまにか手に入れていたアイテム。それほどの愛着は無い。けれど強くなるためには必須であることは明らか。まあ、深く考えるまでもない。最初から結論は決まっていた。



「……どうやって使うのか聞いてからだ。その返答によっては渡してもいいぞ」



 だけど『いいえ』とキッパリと言う前に、この男からできるだけ多くの情報を入手したい。戦うにしても、逃げ出すにしても、俺の名前もステータスも一方的に知られてしまっている現状だけは覆したい。



「なるほど……なるほど。そう来ましたか。では約束しましょう。この鍵を使った結果、貴方(・・)には一切の不利益を被らないようにすると! 」


「なら俺以外は? 家族は? 知り合いは? 」


「それは……保証出来かねますね」


「話しにならん……。交渉決裂だ」



 吐き捨てるように破談を宣言するのと同時に5秒のカウントを開始。バットのグリップを軋みが上がるほどに握りしめる。


 コイツが人間なのか、会話可能なモンスターなのかはまだ分からない。ただここで見逃すのは今後、絶対にろくなことにならない。その確信だけがあった。



「残念ですねぇ。貴方に悪いようにはしませんのに」


「言ってろ」


「まあ、ご挨拶が出来ただけで良いでしょう。後でお気が変わるかもしれませんし……それでは! 今日のところはお暇しますね? 」


「黙って……逃がすと……思うかァ!? 」



 鼓膜が揺れる。皮膚が千切れる。空気が震える。前に踏み込んだ右足がアスファルトを割りかける。それだけのエネルギーを込めた全力の一撃。だが、男には一歩及ばなかった。



「移動魔法を使って正解でした……。今日の装備では貴方にとても及ばないでしょうから……ではまたすぐに(・・・)……」



 そう言って男は手も【魔法】も届かない遥か遠くの宙に浮いたまま(・・・・・)歩き出す。対して俺は必死に証拠を残そうとスマホを取り出しカメラを向けた。しかし――――



「映らない……だと……」



 カメラはその男の像を捉えられない。俺はこの現象を何度か体験している。まずトンネルや左手に刻まれた『くさび形文字』。そしてこの世界にやってきたリューカに対してもだ。



「あいつ……異世界人か! 」



 その数秒後、ずっと見ていたはずの男の背中はいつの間にか、深夜の夜空に溶け消えていた。




 次の日、学校に着くと俺は真っ先にC組に向かった。村本に昨日の見たことを話すために。



「もしかして見れたのか? 城本。昨日の工場の爆発事故を」


「ああバッチリ見たぜ……。昨日は色々あったし……倫理的にどうかなと……思ったから……写真は撮れてないけどな……?」



 昨晩は結局一睡もできなかった。ストレス解消に行った上級ダンジョンの後に絡まれた男のせいだ。村本との会話も途切れ途切れになってしまう。



「そうなのか!? じゃあ見たんだな!? ネットで騒がれている事故現場の周りになぜか表れた自衛隊のことも!? 」


「なんだと? 」



 だけど急に興奮しだした村本の剣幕とその『発言内容』に一気に目が覚めた。


 村本、今自衛隊って言ったよな? それってもしかしなくてもあの『迷彩服』のことだ。……となると彼らは恐らく異世界人じゃない。


 当時は、野次馬の反応から一瞬その線も疑った。もちろん昨日の深夜にそれらしき『スーツの男』を見てしまったのも手伝って。しかし、これで大分整理できた。工場で見た集団は恐らく俺と同じこちらの世界の住人。対してあの『男』は異世界出身でなおかつ俺にとっては敵だ。


 う~ん。駄目だな。寝てないせいか頭がうまく回らない。せっかく奴の正体がつかめかけてるのに、脳みそのコンディションが最悪すぎる。……あれ? 俺っていま何をしようとしてたんだっけ?


 しばらくボーッと考えたまま黙ってしまったんだろう。村本は『どうした? 』と声をかけてきた。

 

 隣を一瞥すると不安そうな顔をした友人が俺を見ている。ああ、そうか。心配してくれてるのか。駄目だな。事情を知ってるのは俺だけなんだ。俺がしっかりしないと……よし。まずはスーツの男。恐らく今もどこかで俺を監視してるんだろう。アイツのことを一刻も早く対処しないといけない。そして、どこに潜んでいるかも分からないアイツを倒すまでは俺の周囲は常に危なくなる。


 だからこれ以上は無理だ。もう巻き込めない。



「すまん村本。昨日の発言を全て撤回する。隣町の事故のことも今、日本全国で起きてることも全て俺にも関係がありそうだ。だからこそ忠告する。これ以上はこの問題にかかわらない方がいいかもしれない……。得体のしれないヤバイ連中も動き出してる……危険だ」


「お、おい! 待てよ! 城本っ! 」


「すまん」



 後ろから投げかけられた言葉には振り返らない。退路を断つために。


 いま決めた。ここから1週間以内に決着をつける。安心と安全を必ず取り戻す。それまではもう誰とも関わらない。



「やってやる……俺一人で……! 」



 ──まあ、言ってしまうと俺は酔っていたんだと思う。困難に立ち向かおうとしている自分自身に。唯一事情を知るというシチュエーションに。


 だから認識できない。ゆえに気づかない。



「待てよ! 城本! おい! 待てって! 待てっ……まて……ま、て……ま……て…………──」



 最近の村本の様子が明らかにおかしいってことに。



「──……」



 まるでスイッチが押されたように。


 剣太郎を大声で呼び止めた村本はスッと表情を消して何事も無かったように自分の席に座りなおした。その様子に一瞬だけ空気が止まったC組も普段の調子を取り戻してにぎやかになる。


 まるで二人の少年のやり取りを認識していないかのように。


 机に突っ伏した村本は必死で笑うのをこらえていた。全ての目論見が上手く運んでいることに。何一つ違和感を抱いていない様子の剣太郎のアホ面を思い出して。村本は──村本と全く同じ顔をした『男』は小さな声でつぶやいた。



「剣太郎さん……短い間ですがあなたの友人として観察させてもらいますよ。そのカギは絶対に必要なのですから。我々の……1000年前からの……悲願の成就のために」


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― 新着の感想 ―
[一言] 万全な状態でも君では無理だと思うよ
[一言] 主人公のセリフがあまりにも臭い
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