迷宮の支配者
“天才少年”――舞さんが口にしたその単語に俺は聞き覚えというか、“見覚え”があった。
見つけたのは暇を持て余しトップランカーと呼ばれる人間の情報を見漁っていた意識が戻ってからの24時間。その中でも特に脳裏に焼き付いてしまった、不自然なほどに整った顔を歪ませるように笑う【覇王】に関するネットニュースの文中。
その記事は『世界最強が危険視する謎のホルダー!? 』と題され、その内容は情報ソースが不明瞭で『噂』や『都市伝説』の域を出ない酷い代物だった。
だけど俺は妙にそれが気になってしまった。
あの邪知暴虐で自己中心的な【覇王】がわざわざ他人の名を挙げて『脅威だ』とコメントするところなんて想像すらつかないっていうのに……なぜだろうか? なぜか俺はこの与太話が真実なんじゃないかって気がしてならなかった。
根拠は勿論ない。
ただの経験則から来る勘だ。
だけど記事中に登場し『【覇王】が危険視する天才少年』の存在だけは【覇王】と同様に、頭の中にこびりついていた。
それから好奇心に従って俺は調べた。件の天才少年について。ネットで調べられる限りの情報を得ようとした。結果として、分かったことは『詳細の殆どが謎に包まれている』ということだった。
『今年で11歳になるホルダーであること』
『【世界順位】同率10位に位置しているトップランカーである事』
『中国を拠点に活動しているということ』
確定している公開情報はたったこれだけ。使用する【スキル】も【魔法】もステータスの振り分けも全て非公表。俺が戦った他のトップランカーであれば『本人視点での戦闘動画』も、『詳しい生い立ちが纏められたプロフィール』も、『コアなファン向けサイト』も、『熱心なアンチブログ』でさえも、掘れば掘るほど出て来るっていうのに……この天才少年とやらは名前に至るまで何もかもが謎の存在だった。
唯一俺がそれ以外に見つけられたのは、またもや『不確かな噂』だけ。
何でも『天才少年』は“ダンジョンを我が物のように自由自在に改変し、造りなおす能力”を持っているために【迷宮の支配者】と呼ばれてる、らしいと――――。
「~~~ッ!! 」
そして現在、頭の中で全ての事象が繋がった。
3人いるはずの【魔王の鍵】のもう一人の所有者。
日本にいるはずの天才少年。
眼前に現れた【迷宮】を自由自在に造り変え、改変する存在。
これら3名が同一人物であること。先ほど見た子供こそがそうであること。そして俺は今、とうとう当たりを引き寄せたのだということ。
なら、もういい。
「【火炎魔術】『火炎吸収・反転放出』……【棍棒術】『闘気解放』……」
……焦る意味も。
……出し惜しみも。
……力の制限も。
……手加減の必要も。
いらない。全部。
「【合成魔術】――『炎舞・熱殲』」
ここで終わらせる。この地下空間での攻防を。
『高魔力反応を確認:要因の排除を開始』
ドロドロに融解した岩石の中であろうと、スキルレベル190の【火炎魔術】の火炎耐性もってすれば“恐れるに足らない”。
こうして全方向から襲い掛かってくるマグマの大津波でさえも俺にとっては脅威たりえない。
つまり――真っ向から打ち勝てる。
「ふっ! 」
まるで『十戒』の記述をなぞるように、二つに割れる溶岩の大海。その中心を駆け抜ける俺は血眼で子供の姿を探して回る。
熱気をかき分け、纏わりつく火の粉を払いのけながら――俺はどこか獲物を狩る捕食者の気分になっていた。
しかしその直後、理解させられることになる。
自分がいったい“どこ“にいるのか。
自分がいったい”誰“を相手にしているのか。
「……!? 」
まるで俺をあざ笑うかのように【迷宮の支配者】は改変する。
目の前の現実を。
ダンジョンの構造そのものを。
「……っ! 」
いつの間にか。
あっと言う間もなく。
瞬く間に。
明るさに満ちた『活火山の中心』は――
「ぐっうっ……ごぼがぁっ! 」
――深い闇が覆い尽くす『海の底』へと変わっていたのだった。




