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接触

「体の調子は大丈夫なのか? 」


「ああ、もう全然平気! 皆にはマジで心配かけたちゃったな」



 その日は、病院での検査などで学校を休んでいた海斗の1週間ぶりの登校日だった。話を聞くとモンスターに捕まっていたことも、意識を失う直前に何をしていたのかすらも覚えていないらしい。


 はつらつとした表情でクラス中を謝って周るその姿に事件の影響や気負いは全くない。あまりに元気そうで、なんかちょっとだけ腹が立ってきた。けれどまあそういうところも海斗の良いところだ。



「危なそうな場所に行くのはしばらくやめとけよ? 」 



 そんな俺の雑過ぎるアドバイスに対しても海斗はいつものように笑っていた。




「何とかなったみたいだな」


「ああ村本のおかげでもあるよ。ありがとう」



 時間は飛んで同日の昼休み。相変わらずこの高校の図書室は人気が無い。例のごとく俺は村本と二人っきりで世間話をしていた。



「しかしすごいな城本。たった一人でこの町の全部の怪現象を解決したのか」


「いや、それは誤解だ。俺が手を出したのは『海斗の事件』だけだ。後は知らん。多分、アレ以外はガセか別のことが原因だ」



 迷宮のことやモンスターのことを村本には一言も言っていない。だけどこの男は俺が何をしたのか、今何が起きているのかをある程度察しているようだった。



「知ってるよな? 城本。大和町だけじゃなく今日本中で妙な事件が多く起きていることを? 」


「ああ……まあな」



 もちろん知っている。朝のニュース番組やスマホを少し見ればその類の情報は嫌と言うほどに入ってくる。俺はモンスターとは関係ないと睨んでいるが、実際のところはわからない。この怪現象についてはダンジョンを知っている俺でさえもわからないことだらけだった。


 ……ただ、そういえば今日はその手の報道を見なかったな。



「なあ城本」


「うん? 」


「こんな話聞いたことあるか? 」


「なんだよ? 急に」


「ここ2,3日の間に一気にその手の事件が解決・情報統制がされるようになったって話を……」


「あぁ? 」



 流石に驚いた。それは初耳の情報だ。さらに村本らしからぬ情緒的で曖昧な発言に思わず聞き返した。しかし村本は気にせずに続けた。



「実際にほら最近の大和町では何もそういう噂を聞かないだろ? 実はうちのクラスの内山が愚痴ってたんだ。上げていた動画がなぜか運営から消されたって……何か匂わないか? 」


「おいおいどうしちまったんだ? 村本。お前この手のミーハーな話題には今までほとんど食いついてこなかったじゃんか」



 妙に興奮しだしている村本を落ち着かせようとする。あまりこういう印象を押し付けるような言い方はしたくなかったが、村本は俺の言葉を聞いて少しだけ語気を弱めた。



「……自分でも分かってる。ちょっと最近の俺は変だって。だけど先週のあの日トンネルの場所の共通点を見つけた日から止まらないんだ。最近の怪奇事件について調べるのを。そして気づいたんだ。ある法則があるってことを」



 村本は懐から日本地図を取り出した。そこには赤いペンでの書き込みが多くあり、特に点がいくつもつけられている。その中の一際大きい点の一つが鬼怒笠村周辺に付いているのを見て俺はドキリとした。



「ここ数週間の日本で起きた原因不明の事件の場所を全て赤い点でプロットした。城本、何か見えてこないか? 」



 真剣な表情をした村本をこれ以上茶化すことはできない。これでも俺は村本の友達のつもりだから。行われた真剣な努力に対して友人であれば真面目に評価するのが筋だ。数分の間、じっと見つめ続けているとある一つ印象をもった。



「なんだろう? なにか台風の渦の様な模様に見える……かも? 」



 あまり自信はないがそう答えた。日本各地の鬼怒笠村を含んだ3か所を中心に3つの赤い点で出来た渦があると。村本はその言葉に目を輝かせた。



「そう! そうなんだよ! 俺が言いたかったのはそれだよ! 流石城本だ! よく分かっている。それにだ。もっと面白いことがある。この地図に3地点の渦の中心があるだろ? 」



 村本は地図上のある場所を示した。今、確実に鬼怒笠村を指したが余計な口は挟まない。



「実はこの3つの中心地点からの遠さが、そのまま事件が起きた順番と全く同じになるんだ。9月1日の事件の場所の隣に9月2日って具合に。びっくりするぞあまりにも綺麗に並んでいてな」


「……」



 衝撃的な一言に思わず閉口する。そして理解した。これから村本が何を言おうとしているのかを。



「この表を見ると『大和町』は渦の端だな。もしかしてこう言いたいのか? 妙な事件が次に起こる場所がこれで分かるって」



 日にちが経過する度に渦が大きくなることが揺るがないルールだとするとこの『大和町』の次に怪奇現象がおこるのは南に位置する隣町だ。




 昼休みの終わり際に村本は俺にこんなことを言ってきた。『今日は学校が終わった後に用事がある。もし良かったら隣町の様子を見に行ってみてくれないか? 』と。村本の言うことに少し興味がわいてきた俺はその依頼を快く引き受けた。


 今は新大和町の駅から電車に乗って2つ隣の駅に向かっている。もう少し早く行くつもりだったんだが図書委員長に捕まって作業をしばらく手伝う羽目になってしまった。電車の窓から見る景色はすっかり日が落ちてしまっている。


 しばらくボーっと暗い窓の外を見ていた、その矢先。何か遠くから大きな音がしたような気がした。急いで音のする方向──電車の進行方向を見る。目に飛び込んできたのは……とても現実とは思えない光景だった。



「うわ……」



 かすれて声すらまともにでない。それほどに非現実的な『巨大過ぎる爆炎』。夜空を赤い巨大な光が彩る様子は不謹慎だが花火みたいだ。


 確かあの位置は化学工場が立ち並んでいた隣町の一部のエリア。おいおい、いきなり予想を当てちまったぞ。村本。


 電車を降りて急いで事件現場に向かう。俺が着いたころにはそこには膨大な数の野次馬が押し寄せていた。全員がスマホのカメラを一心不乱に向けている。普段ならその様子に自分も野次馬であることを棚に上げて冷めた視線を送っていたかもしれない。けれど今はそんな余裕が無い。意識はある一点に全て吸い寄せられた。



「そんな……なんで『ガーディアン・ゴーレム』が……! 」



 50m以上離れた火と煙に包まれた工場。その中を見慣れた岩の巨人が何体も暴れ回っていた。怪獣映画のような光景。何度も言うがあまりに非現実的。だけど現場の熱が、爆音が、怪物の咆哮が、見物する人々の興奮が、目に映る景色が間違いなく現実であると示していた。



「誰か……! 誰も……!? 」



 急いで周囲を伺うが誰一人としてモンスターに気づいた様子はない。


 俺が行くしかないのか……! 時間が止まったような一瞬の思考。直後、心の中で『全力疾走』の名前を唱えた。身体が一気に軽くなる。足に力を込め始め走り出そうとしたその瞬間、動き出そうとする足が完全に止まった。目を奪われてしまったから。工場で暴れるゴーレムよりもさらに信じられない光景に。



「……まさか……」



 その集団(・・)は炎の中にいた。集団は全員が迷彩服を着ていた。集団は見た目40~20代ほどの男女で構成されていた。集団は全員が全員、剣や弓矢などのファンタジックな武器を持っていた。そしてその集団は――――モンスターと戦い始めていた。


 見る見るうちに解体されていく岩の巨人。その様子に開いた口が塞がらない。もう一度だけ周囲の様子を確認した。だけど野次馬はやっぱりモンスターにも人にも気づいていない。


 まさか、俺は幻覚でも見させられているのか? 


 一瞬怖くなった。だけどすぐにその思考は打ち切られる。視界に入ったからだ。迷彩服を着た女性の上に工場の瓦礫が落ちそうになっているのを。そのことを野次馬も迷彩服の集団自身も気づいた様子が無い。どうする? 叫んで伝えるか?



「あ……! 」



 判断は一手遅かった。


 戦闘に夢中な女性の上に無慈悲にも巨大な屋根が落下する。迷彩集団の他何人かも気づいたが反応に遅れてしまっていた。


 刹那、時間を認識する感覚が引き延ばされていく。頭の中では視界の光景がゆっくりと流れていた。必死に手を伸ばして女性を助けようとする迷彩服の仲間達。上を見て自分が置かれた状況をようやく把握する女性。だけど到達するのは瓦礫の方がはるかに速い。圧死の瞬間は刻一刻と迫っていた。


 その時点で、俺はもう迷わなかった。今度こそ心の中で唱えた。【念堂魔術】の技の一つ『パワーウォール』の名を。降りかかった瓦礫は一瞬静止する。そしてすかさず通常の【念動魔術】を使用。瓦礫を不自然じゃない程度に女性から少しずらして落下させる。


 膨大な粉塵が舞い上がった。俺は食い入るように煙が晴れるまで見つめ続ける。


 その直後、見えた。無事だった迷彩服の集団が最後のガーディアン・ゴーレムを煙に変えた瞬間が。


 深く安堵した。なんとか見殺しにせずに済んで。



「ふぅー。間一髪。良かった──……な!? 」



 安心したのも束の間。試練は再びやってくる。

 

 迷彩服の集団は火の消えた工場跡地の中でしきりに顔を振っていたんだ。まるで()かさんを探しているかのように。



「……『全力疾走』ッ! 」



 そのままここに居続けると、とてつもない面倒ごとに巻き込まれる予感がした。迷わずにスキルを使用して隣町を後にする。頭の中では今見た光景をぐるぐると回想させながら。




 そう、その日が俺と『検察庁公安部・迷宮対策課』との初めての接触だった。


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