乱調
『【ペナルティ】が発生します』
「またかよ!? 」
都合、四度目の重力の増強を受けて、俺は大きく舌打ちをする。
そんな口を塞ぐように上からの力はドッと全身に押し寄せてきた。
「くっ……ぐぅ……! 」
最初の衝撃には何とか持ち堪える。
だけど食いしばった歯は、絶えず痙攣する筋肉は、ガタガタと揺れ動く骨格は、もう限界が近いように俺には思えた。
重い。苦しい。痛い。
呼吸をするのってこんなに難しいことだったっけ?
歩くのってこんなに苦しかったっけ?
爺ちゃんと婆ちゃんが俺にくれたバットは本当にこんなに重かった?
思い出せない。何もかも。
思考が現実に追いつかない。
頭に血がのぼってないせいだ。
「「ァ゙アァ゙ア゙ァ゙……? ァ゙ァアア……???? 」」
「クソッ! 」
でもそんな時にダンジョンは当然、容赦してくれない。
むしろ追い打ちをかけるようにモンスターをけしかけ、トドメを指しに来る。
「うおおおおおッ……! 」
「ァ゙ァ゙ア! ァ゙ァ゙!?」
「!!?? 」
そうだ。
俺はわかっていたはずだ。
ダンジョンの人に対する際限なき悪意を。侵入者にふりかかるあらゆる理不尽を。
ダンジョンに入った瞬間、中ではどんなことが起きるのかわからないってことを。
「「ァ゙ァァァァァ……ァ……」」
「はぁ……ここでやっと半分か……先が思いやられるな……」
気を取り直すように息を吸って吐きだす。脳全体に酸素を行き渡らせるように大きく。
『迷宮鑑定』の結果、ここがちょうど神殿内部に広がる迷路のちょうど中間地点であることが分かっている。
ここらで一度休憩を挟むのも考えたほうがいいのかもしれない。
「いや……先を急ぐべきか? 」
このダンジョン探索が通常なら[魔力]の残量が6割を切った時、迷宮の折り返し地点で残り体力が心配になった時、俺は躊躇いなく休んでいただろう。
ならなぜ今迷っているのかというと……それはこの特殊な要素【ペナルティ】が関係している。
ペナルティ。
『罰』を意味する単語。サッカーなどでよく使われ、よく耳にする。ペナルティキックとか、ペナルティエリアとか。もちろんサッカーはスポーツなのでルールに則って何をどうすれば『ペナルティ』なのか一応は明文化され、『罰』をなるべく避けられる構造になっている。
その筈なのに……。
「【鑑定】! 」
一縷の望みをかけて俺は再々度、迷宮そのものを調べる。その組成。その構造。
その場所を支配するルールを。
だけど。
「……駄目か」
意地悪なことに。
悪辣なことに。
この上級ダンジョン【廃棄神殿】は何が【ペナルティ】なのかの説明を放棄し続けてきた。
"ダンジョン攻略はスポーツではない"と言わんばかりの完全で完璧な無視である。
「となると……やはり、あまり長居は出来ないな……」
何度も『罰』を受けているうちに、ルールの大体の検討は付いている。不用意に【スキル】や『技』、【魔法】を使わないってことだ。
だけどその中でも3度、全く身に覚えがないのに【ペナルティ】を食らったことがあった。
「多分……『時間』だよな……」
考えられる可能性は時間。つまりは攻略タイム。
攻略に時間がかかればかかるほど【ペナルティ】が累積で課されていく、というのが俺の推測だ。
そして恐らく当たっている気がするこの考えこそが急がないといけない理由。
しかし【廃棄神殿】はそんな俺のことを直接はばんでくる。
「アァ゙アァ゙? ……ァ゙? ァ゙? アア? 」
「ァァァァァァァァァ?????? 」
「またお前らか! 」
現れたのは神殿を守る守護者。
Lv.149『オメテオトル・クストス』。
身体の中心から右が男、左が女を模した左右非対称の人語を解さない石像だ。二本の左手で持った槍と一本の右手に握られた剣による強烈で苛烈なコンビネーションを得意とし、[力]と[敏捷力]にも長けた侮れないモンスターだ。
しかし俺とはレベル差が100開いたモンスター。
よっぽどのことが無い限り負けは無い……そう思っていた。
「くぐぅ……」
「ァァァァァァァァァ」
「ァァ? ア゙ァァ゙ァ゙?? 」
「く……そ……」
全身が重すぎる。動きが鈍重過ぎる。薄手の服も。履き慣れた靴も。振り慣れたバットも。何もかもが重苦しい。
まるで自分が自分でないみたいだ。
思考を何とか加速させ、眼は石像の動きに追いつけているのに……身体の方が全く追いつかない。
「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙アアア? 」
「アアァ゙アァ゙ァ゙? 」
やられっぱなしの防戦一方。だけど鍛え上げた[耐久力]のお陰で何とか無傷で済んでいる。
でもそれも時間の問題だ。
いつ体力が底をつきるのか。
いつまた【ペナルティ】が課されるのか。
いつだ?
俺の限界はいつ?
いつ?
いつ……。
ああ……そういえば。
昔、小さかった頃も、武器の重さに苦労して、ひぃひぃ言ってたことがあったっけ?
「「ァ゙ア!!?? 」」
「え? 」
誰も予期しない"不思議なこと"が起きたのは――まさに、そんな時だった




