数の暴力
音速を上回るスピードで自在に伸縮する黒い手足。
針金のように細く的が絞りづらい人型の身体。
音もなく影の中を瞬時に移動出来るその特性。
漆黒が支配するこの場において『ダーク・ディープ・シャドウ』は最も自由な存在だった。
「……ッ! 」
もしも俺がこの影達が支配する狩場で一人だけじゃ無かったら。
他の誰かを守りながら戦う必要があったのなら。
『ディープ・ダーク・シャドウ』との戦闘は中々、苦しく感じたことだろう。360度どこからでも降り注ぐ波状攻撃に苦戦を強いられていたことだろう。
だけど現実の俺は今、幸いにして一人だけ。他者の安全の心配をせずに戦うことが出来ている。
「クソッ! まただ! 」
それなら問題はない。
何せこの影の怪物のステータスは、[力]と[敏捷力]が約300000とまずまずだが、[耐久力]に至ってはたったの50。俺の数百万の[耐久力]と比べると、こちらからわざわざ攻めずとも、『弱点』を看破せずとも、攻撃してきた影の方が逆に砕ける数値差だ。
そう、コイツ等との戦いは何の憂いも無く終わる――
「また増えやがった! 」
――その筈だった。
「埒が明かないな。このままじゃ……」
今度は8体になった影を前にして大きなため息をつく。
流石にもう気づいていた。この『ディープ・ダーク・シャドウ』が倒れた瞬間、『分裂して復活』するということを。そしてこの分裂復活に際限が無いようだということを。
恐らくは外部からの効力だ。考えられる可能性は何らかの強力な【スキル】か【魔法】、【ドロップアイテム】、もしくは――――
「――『鍵』の力か」
「キシシシシシシシシ」
「シャシャ」
「シシ――」
「キィシィシシ」
「キシャッ」
「シャシャシャ」
「シャ――」
「キキキキキキ」
俺の指摘を肯定するように影達は鳴き声を上げ始める。
その輪唱の反響は俺にはまるで笑い声のように聞こえた。
それとも、もしかしたら本当に俺のことを嘲っているのかもしれない。
なぜなら“分裂して復活する“という要素が加わったことで『ディープ・ダーク・シャドウ』の通常とは段違いの強さを手に入れたんだから。
「「「シャー! 」」」
「『超反応』! 」
間合いを多種多様に変更できるため元々、集団戦を得意としていた影の怪物たち。単純に数が増えることでますますその連携に隙が無くなっている。
そして最大の利点は最大の弱点だった“脆さ”が最大の武器へと変わったこと。あえて俺に倒されることで影は指数関数的に仲間を増やすことが出来るようになった。
「やっぱり……捨て身でぶつかって来るんだな」
“俺は”この影が千体になろうと、たとえその数が一億にまで膨れ上がろうと戦える自信はある。
但しあくまで無事なのは“俺だけ”。
もしも一体でも標的を俺から外して別の誰かを襲いだすようになったら? もしもその一体の影が倒されてしまい、分裂と復活を延々と繰り返し始めたら?
容易に想像できる。
30万を超える[力]と[敏捷力]の無限に増え続ける【数の暴力】によって世界が崩壊する未来が。
かといって短絡的に復活すら許さない”火力”をトンネル内で使うのは危険過ぎる。有効かどうかも分からないままただいたずらに危険な『限定ダンジョン』を発生させてしまうだけだろう。
「なるほど。厄介だな」
久しく忘れていた”多数への恐怖”。レベルが低かった頃のモンスターの群れに対する脅威。それを思い出させるような敵。
前の俺ならどう対処していたかな?
トンネルごと無理やり『龍王の炎』で焼き尽くそうとしたか?
それとも対抗策を見つけるまでひたすら粘り、体力をギリギリまで消費してしまうだろうか?
「……想像したくもない」
思わず嫌な妄想をしてしまい、やれやれと首を振り、溜まった悪い息を吐く。
今や100体を超えてしまった影の攻撃から逃げ回りつつも、ずっと準備をしてきた――
「【魔力掌握】――『消失』」
――新たな力の名を口にするために。




