悪い予感
今は昼休み。こんな異常事態でも図書委員である俺はこうやって当番の曜日は仕事をする必要があった。今日の図書室は全く人がいないにも関わらずだ。
「大変だな。B組は。まだ何も情報出てないんだろ? 」
「あぁ……そうだな……」
そんな状況だとカウンター係の仕事なんてほとんど無い。俺は隣の顔なじみと周りを気にせず話していた。内容はもちろん今学校中で話題の『海斗たちのこと』。
「なにか歯切れ悪いじゃないか。どうかしたのか? 」
鋭い指摘をしてくるのは同じ学年でC組の村本宣親。戦国武将のような名前をしているが本人は下の名前で呼ばれることが嫌ってるという同い年。同じ図書委員で同じ曜日、同じカウンター係なこともあって大和第一高校では一番仲がいい友人だ。見た目の印象通り真面目な優等生の村本と怠け者の俺がなんで仲良くなれたのかは未だによく分からない。
「いや、実は……俺も誘われてたんだ。海斗に。だから凄い気になるんだよ。寝覚めが悪いっていうかさ……」
「そうは言っても城本。何かお前に出来たのか? 止めるって言ったって昨日の段階じゃ誰一人危険だなんて思わなかっただろ? 危なそうなことを事前に分かっていて止めなかったわけじゃないんだったら城本に責任は無いと思うぞ。そんな気に病むこと無いだろ」
『危なそうなことを事前に分かっていた』……か。村本の言葉を心の中で繰り返す。確かに一瞬考えた。モンスターや迷宮が関与していることを。
でもすぐに思い直した。それは違う。だって、この左手首についている『文字』のことも、こっちに来たリューカのことも認識できた人間は俺以外に誰一人としていなかった。
だから、勝手に思いこんでいた。この異世界の迷宮は俺だけ使える。俺専用のものだって。鬼怒笠村と家の近くのトンネルについていた『文字』もそう考える根拠の一つ。なにせ、あまりにも自分にだけ都合が良すぎた。実はまだ少し疑っている。自分は長い長い夢をみているんじゃないかって。
そんなこんなで俺はこの失踪事件を迷宮とは切り離して考えていた……はずだったが。最早そうとも言い切れない……気がする。
「う~ん……なんというか……」
「煮え切らないな。何か掴んでいるんだな。今回の騒動にかかわるかもしれない何かを。……ああ無理に言えとは言わない。厄介ごとは俺もごめんだからな」
本当に勘が鋭い。けれど察したことに関してズカズカと踏み込んではこない。村本のそういうところを俺は気に入っていた。
けれどこの状況を何て説明するか。荒唐無稽な異世界の迷宮の話を村本は信じるタイプではない。かといって嘘もつきたくない。何とかうやむやにして話すしかないか。
「実は俺、人に説明できないような意味不明な体験をしたんだけど。それがさ、他の人も体験できるものなのか分からないんだよね。本当は全部俺の頭の中だけで……――――」
言い終わった後にマズイと気づいた。この説明だと俺は頭のねじが外れた妄想癖のヤバイ奴だ。
「あぁー今のは全然違くてさ。何言ってんだろうな俺。ごめん忘れてくれ……」
必死に言い訳を吐くがもう遅い。村本は押し黙ってしまった。
無言の気まずい時間が流れる。あーあ完全に引かれたかな。耐えきれなくなりトイレを理由にその場を離れようとしたその時。村本は重々しく口を開いた。
「その『体験』っていうのに本当に『他人』は関わっていないのか? ちゃんと確認したのか? 」
真剣な表情で聞いてくる村本。こんなわけのわからない質問にも真面目に答えてくれたことに心の中で大きく感謝しつつこの優しい優等生の俺を気遣って無理やりひねり出した可能性をやんわりと否定しようとした。
「いや、マジでさ。本当に俺以外は見たことも、聞いたことも無いと思うんだよ……だって俺がそれを見つけた時も本当に偶然…………――――」
瞬間、言葉に詰まった。
思い出したからだ。俺が『迷宮』を見つけ出した時のこと。あの時俺は何を? 下山トンネルでモンスターと出くわした。なんで下山トンネルに行った? 話を聞いたからだ。『郵便配達員』が消えたトンネルの噂を『ヒロ叔父さん』から聞かされたから。ちょうど霊の噂を聞きつけてトンネルを調べに行った海斗たちと同じように……。
すっかり忘れていた。何で今まで思い出さなかったんだ。
そして揺るがない事実がある。郵便配達員は今も見つかっていないということ。俺は結局知らないままだ。彼がどうなってしまったのかを。けれど人間が現実から"どこかへ行ってしまったように"消え去る現象に関してあまりにも大きな心当たりが俺にはある。
「……まさか……」
俺は村本にも協力してもらって大和町で起きている怪奇現象があったと言われる場所をすべて調べ上げた。
予感は的中した。その全ての場所に大小問わずトンネルが近くにあった。




