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迷宮(ダンジョン)とスキルの価値

 モンスターの群れが通り過ぎていくのを確認してから、トンネルから恐々と外に出る。



「『五色の迷宮(ダンジョン)』? 『三階層』?」



 足を一歩踏み出した瞬間、文字が眼前に現れる。反射的に読み上げると、文字は空気に溶けていくように消えていった。


 先ほどの疑問の答えはすぐにやって来た。どうやらここはゲームでおなじみの『ダンジョン』らしい。


 なんだそりゃ? って突っ込みたくなるが説明がそう書いてあるんだ。俺にはどうしようもない。


 これからどうする?  


 俺のするべき行動は?


 ここは安全なのか?


 現実としか思えないリアルさを持つ、この異常な空間は果たして本当に現実だっていうのか? 


 冷静さを保とうとすると頭をよぎるのは目の当たりにした怪物の群れ。もしもアレがここに帰ってきたら? もしも俺がアレと戦うはめになったら?


 じっとりと脂汗が額にたまり始めた。焦りを抑えようとすると余計に心臓はバクバク高鳴った。


 

「……ふぅー、落ち着け。冷静になれ」



 必死に息を整え、ない頭を振り絞る。

 

 今、最優先するべきなのは身の安全を確保すること。しかし、そもそもダンジョン(ここ)には安全な場所なんてあるんだろうか?


 山で遭難した時の第一の対処法は基本的にその場で動かないこと。けれど、電波も通じないのにこんなところまで誰かに助けに来てもらえるんだろうか?


 助かるにはあるのかも分からない出口をこの『ダンジョン』から自力で探し出すしかない。その答えにたどりつくまでにそう長くはかからなかった。



「気合い入れろよ。剣太郎」



 自分を奮い立たせてから移動を始めた。向かう先は左側。怪物の群れが向かった方とは逆に進んでいく。


 昨日みたいにバット一本で得体の知れないバケモノと戦う羽目になることはゴメンだ。細心の注意を払って怪物たちと遭遇しないように足を忍ばせる。


 けれど所詮は素人。普通の高校一年生の俺にはテレビ番組で見ただけの猟師や狩人の真似事なんて無理に決まっていたんだ。


 カツン。



「あ」



 不用意に蹴った石が転がり、思わず声が漏れる。


 足下から視線を上げると見えた。


 前方、50メートルほど先にいた3匹の犬もどきがこちらを振り返ったのを。


 判断するための時間は一瞬しかなかった。



「……っ! 」



 俺は逃げた。犬もどきから。背を向けて。1匹だけで昨日はあんなにも苦労した。3匹同時に相手するのなんて絶対に無理だ。そうに決まってる!


 走りながらも後ろを横目で見ると、追いかけてきている。犬もどきはしっかり後ろをついてきていた。


 ヤバい! 速い! このままだと追いつかれる! 


 心が折れそうになった瞬間。


 足が止まりかけた刹那。


 思い出す。


 目に焼き付いたステータス欄。スキルと呼ばれる項目に【疾走】というものがあったことを。



「これしかない! 頼む! 【疾走】! 」



 叫んだ。スキルの名前を。


 すがった。未だに理解不能なステータスとスキルという概念に。


 すると突然、脳裏に【疾走】を意味するくさび形文字が弾ける。頭の中で光が明滅する。身体の中心が次第に熱くなる。



「!? 」



 変化は即座に現れた。


 足の回転がどんどん速くなった。おぼつかない足が一気に軽くなった。疲れが消えていくみたいだ。どこまでもいつまでも走ってられる。そんな気分。こうして余計なことを考えている間も犬もどきと俺の距離は加速度的に離れていく。


 そんな逃走の最中、見つけ出す。隠れるのに丁度いい隙間を。


 迷ってる暇は無い。駆け抜けた勢いのまま飛び込んだ。



「……グルル」


「……ガルッ」


「……たのむ……たのむっ」



 願いは届いた。犬もどきは俺の姿を完全に見失ったようだった。壁の割れ目の中で息をひそめているすぐ前で四つに割けた頭を振って右往左往している。なるほどな、あの犬もどき……普通の犬とは違ってあまり鼻は利かないらしい。


 彼我の距離が5メートルを切った瞬間、その頭上には文字が表示された。


 犬もどき……名前は『ブラッド・ハウンド』。しばらく辺りをウロウロしていた途中で諦めたようで、散り散りにこの場を離れていき、ブラッドハウンドは次なる得物を探しに行った。



「助かったか……絶対スキルのお陰だよな、今の」



 落ち着きを取り戻し、改めて驚かされる。先ほどの逃走劇。あまりにも身体がよく動いた。動き過ぎた。1年に1度あるかないかのベストコンディション、うわさだけに聞くゾーンにでも入ったような感覚。もしかしたらさっきは100mを10秒切っていたかもしれない。間違いない。スキルの効果は本物だ。



「じゃあ、こっちも? 」



 となると試してみたくなる。ステータス欄に【疾走】と並んで記載された【棍棒術 Lv.1】を。


 バットケースから無言で一本の金属バットを取り出す。中学の3年間を共にしてブラッド・ハウンドを倒した俺の相棒。直前まであんなにビビり散らかしてたのに、こいつの価値を試してみたくなった。


 隙間から外の様子を伺うと見つけた。さっきの3体のブラッド・ハウンドの内1体。こちらに背中を向けてゆっくりと歩いている。完全に油断してる。狙われているなんてカケラも思っちゃいない。


 息を殺して背中から近づく。まだ気づかれていない。チャンスは今だ。



「……ッ! 」



 声に出さずとも【棍棒術】の文字を意識するとスキルは使用できた。それからはさっきと同じ。頭の中で【棍棒術】の文字が弾ける。



「うぉっ! 」



 最初は、とても自分の身体だとは自分でも信じられなかった。肘から肩、胸、背中と腰全ての筋肉が淀みなく連動した振り下ろしは想像をはるかに超える破壊力を生み出し、怪物の脆い頭ではなく硬そうな胴体をたった一撃で粉砕したのだから。



「……マジかよ……」



 自分で自分のやったことに引いてしまう。【スキル】を使うとここまでの威力が出るのか。


 驚きがおさまらない中、赤い身体の残骸は例のごとく霧散した。その後も以前の光景をなぞるようにして黒い煙が俺に吸い込まれていく。


 もしも前と同じならこのまま何も起こらない筈だ。だけど今回は違った。

 

 俺は急いで手首の文字に触れ、ステータス欄を確認する。視線は自然と大きく映し出された『レベルアップ』という魅力的な文字列に吸い込まれる。



『城本 剣太郎 (年齢:16歳) Lv.1→3


 職業:無

 スキル: 【棍棒術 Lv.1】、【疾走 Lv.1】

 称号:≪異世界人≫≪最初の討伐者(ファースト・ブラッド)


 力:14

 敏捷:17

 器用:14

 持久力: 8

 耐久: 6

 魔力: 1 保有経験値(ポイント):20 』



 何だこれ? レベルだけ上がっても数値自体は変わってないじゃん。


 一瞬、落ち込みそうになる。けれどすぐさま気がついた。右下の部分。0だった保有経験値(ポイント)が20となっているのを。


 胸が大きく高鳴った。ドキドキしたまま保有ポイントを見て『決定』に触れるとありがたいことに『説明』が表示された。曰くレベルが上がったりモンスターを倒す度にポイントが付与され、『力』や『敏捷』などの好きな項目に好きなように数字を加算できるみたいだ。まるっきりゲームのようなシステムだ。


 スキルのレベルを上げるには基本は何度も使うことで自然と上がっていくようだけど経験値(ポイント)で強引にあげることも出来るらしい。


 最初は【疾走】をレベル2に上げてしまおうと思ったけど、ポイントが合計100も必要なようだったので、スキルのレベルを上げることは諦めて『魔力』以外の項目に何となくいい感じに割り振る。その途端全身に力がみなぎった。感覚が鋭く、まるで自分自身が"一回り大きくなった"ような。



「まさか……俺って戦える(・・・)のか? 」



 快進撃はそこから始まった。

 

 傷一つない勝利。撃破に次ぐ撃破。雪崩のような怒涛のレベルアップ。【疾走】スキルで急接近と逃走。【棍棒】スキルで着実に一撃でとどめを刺す。リズムに乗って来るとポイントはどんどん溜まっていって、その度に経験値(ポイント)を割り振って基礎能力もどんどん上がっていった。



「すげえ……やべえ! どんどん動けるようになってる! 息も全く切れないし、こんなにバット軽かった? こんなに身体柔らかかったか? 眼も耳もこんなに良かったっけ? 」



 より速く。

 

 より強く。


 より硬く。


 より長く。


 より多く。


 戦うたびに俺は強くなっていく。


 ブラッド・ハウンドも二足歩行のオオトカゲ『パンチング・リザード』も。岩に擬態する巨大なネズミ『ロック・ラット』も。巨大な牙を持った素早いウサギ『バニー・ファング』も今や敵じゃない。片っ端からポイントに変えていく。


 成長が止まらなかった。


 レベルアップが連続した。


 どんなバケモノも俺を止められなかった。


 そうこうしている内にレベルが10を超えた俺は脱出の手がかりとなる"とあるもの"を見つけ出す。



「あ」



 しらみ潰しに探した甲斐があった。目の前にあるのは間違いなく下り階段だ。見飽きてきた洞窟と怪物じゃない。このダンジョンの中で初めて見つけた明確な先(・・・・)を予感させるもの。


 ただし下に降りれば出口であるという保証はない。進んだ先には想像すらしていない新しい世界なのかもしれない。もしかしたらさらなる強敵が待っているのかもしれない。


 けれど俺には自信があった。どんなモンスターにも勝てるという自信が。どんどん上がっていくレベルという確かな証拠を抱えて。



「上等だ。やってやる」



 言うまでもなく今の俺はうぬぼれていた。そのことに自覚すらなかった。あまりにも順調すぎたから。楽しい楽しいレベル上げが。


 だからまんまとハマってしまったんだ。このダンジョンの恐ろしさに。


 ここは『五色の迷宮』。内部はそれぞれの色を持った5つの階層に分けられている。


 驕り高ぶった俺は知らない。


 その最大の特徴が層が一つ下がるごとに表れるモンスターの強さが急激に(・・・)上昇するということを。

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