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『異常』大量発生

 時空が歪み、別世界へ強制的に転送させられる感覚を想起しながら、トンネルとダンジョンの狭間で一つ息を吐く。



迷宮(ここ)は相変わらず暗いな……」



 この場所で俺のつぶやきに応える存在は何もない。地下鉄よりも暗い漆黒で包まれたこの洞窟には、一見すると生き物なんて一匹たりともいない様に思える。



「【鑑定】――」



 だけど俺は知っている。この大穴の奥深くには、人間の生き血をすすろうと牙と爪を尖らせた無数の怪物たちが今か今かと待ち構えているということを。



「『迷宮鑑定』」



 攻略を始める前にまずはマッピング。このダンジョンの詳細情報を把握する。



「……階層は全部で10。……下へ降りていくタイプだな」



 名前は【暗闇の迷宮】。


 虫系、ゴースト系、夜行性などの洞穴生物を彷彿とさせる平均レベル40ほどのモンスターが出現する。



「……普通だな」



中級者を自称できるようになったころ、大体レベルが50を過ぎたあたりに来るダンジョン。珍しいモンスターが出るわけでも、取り立ててドロップアイテムの入手率が高いわけでもない何の特徴も無い迷宮――――つまり当たり(・・・)じゃない。



「さてさて……『当たり』が見つかるのはいつになる……? 」



 遠くを見つめる様に目を細め、今後の予想をしつつ俺はこの場所に来た経緯、その始まりである――――数時間前に舞さんとした会話を思い出していた。






「城本君は“モンスターが街に出現する条件と法則”を覚えてたりする? 」


「たしか“攻略されず放置されたダンジョンの中でモンスターが増殖し続けて、溢れかえっちゃうから”……だったような? 」


「そそ。だから見つけ次第ダンジョンは攻略する必要があるし……たとえ攻略が出来なくても定期的にダンジョンへ潜って内部のモンスターの数を減らさないといけないんだよ」



 少し自信なさげに口にした回答を、教師の様な顔つきでウンウンと頷いて肯定してくれる舞さん。病院の入口に止まった車の後部座席に乗り込んでからも、俺達は【ダンジョン禍】真っただ中の現代社会が抱える問題についての話をし続けた。



「……だけど、いくら頑張っても。どれほど多くのダンジョンを一日に攻略しても。街に出現するモンスターの数は絶対に(ゼロ)にはならなかった」


「考えられる理由としては単純に人手が足りないせいかな。“全国各地のありとあらゆるトンネルの総数”……イコール“ダンジョンが同時に発生しうる最低数“なんだから」


「気のせいかもしれないけど。モンスター……『迷宮外生物』の出現数って前よりも増えてるよね? 確実に」


「ホルダーの数も比べ物にならないほど増加はしてるんだけどね。全然、間に合ってないっていうのが現状なんだ。定期的に大量発生が起きちゃうぐらいには」



 美人は顔をしかめて、ため息をついた時でも美人なんだな。


 なんて下らないことをぼーっと考えていた俺は本題を切り出すべく、頭をハッキリさせるために首を振る。



「それで? 今回の『大量発生』はいつもと何が(・・)違うの? 」


「さっすがー。話が早いねー。もちろんその()も過去類を見ない程なんだけど……実は問題なのは今回、大量発生が起きた場所」


「『場所』? 」


「城本君が命を懸けて戦った戦場――――の直下(・・)。都内の地面の下に張り巡らされた地下鉄トンネルの中なの」


「地下鉄……? 」


「もちろん地下鉄自体は今、動いてないよ? 今っていうか……ダンジョンがトンネル内に出来る様になってからずっとなんだけど」


「なるほど……そうか……地下鉄か……! 」



 舞さんに言われてから初めて気が付いた。考えが及んだ。地下鉄と言う環境が、ダンジョンはこびる現在で、どれほど不利益なのか。いかに危険な場所なのか。



「あくまで俺の想像だと……地下鉄の中ってダンジョンだらけになりそうだな……」


「まさに城本君の想像通りだよ。放置された地下鉄の中にはダンジョンが最低数万はあると言われてる」


「最低で数万のダンジョン? やばいな……ソレは」


「でもね……“とある理由(・・・・・)”で地下鉄内での『大量発生』だけはこれまで一度も無かったの」


「一度も……無かった……? 」



 俺が耳にした言葉をオウム返しにしている間、舞さんはますます表情を深刻なものにしていた。



「【迷宮庁(わたしたち)】は今回の大量発生が起きた可能性が二つだと考えてる。”まだ見ぬ特別なダンジョンが発生した”のか――――もしくは”悪意ある『誰か(・・)』”によるものか」



 そしてその絶望する整った顔は、まるで……”世界の終わりの始まり”を目の当たりにしたかのようだった。


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