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不穏

 ダンジョンから帰って早々、俺はまっさきに母さんに声をかけた。



「母さんこれ(・・)見おぼえない? 小さい頃の俺が持ってたみたいなんだけど」



 完全に順序が逆になってしまった。俺は成長限界を突破できるかもしれないことに少々興奮しすぎていたらしい。そもそもこの『鍵』が何で俺の手元にあるのかを調べるのに上級迷宮『狂獣の落とし穴』の攻略よりも先に行うべきだった。

 

 母さんはと言うと泥だらけでボロボロの服を着ている俺に目を見張りつつ首を振る。



「何それ? アンティークの『鍵』? 見おぼえないわねえ……。今日は家にいるらしいからお父さんにも聞いてみたら? ――そんなことより剣太郎! あんた朝早くから家出ていったと思ったら何その恰好! ど~こでそんな風になるの! 」


「あ~ごめん。……ちょっと公園で練習してたら足滑らせちゃってね……」


「は~全く、集中するとすぐに周りが見えなくなるのは小さいころから変わらないのね! ……まさかと思うけどあの『事故』とは関りは無いのね? 」



 俺の下手糞な言い訳に一応は乗ってくれる母さん。だけど最後に全く身に覚えのない質問が飛んでくる。



「事故って何? ここらへんで交通事故でも起きたの? 」


「知らないの? ほら、テレビ見てみなさい」



 リモコンを渡されて電源を付ける。すると画面には中々ショッキングな光景が流れ始めた。


 映し出されているのはどこか分からない倉庫の内部。グチャグチャに荒らされている。4,5mはありそうな巨大な棚がいくつも折り重なり、土砂がまいあがり、資材や段ボールが散乱して山をつくっている。その瓦礫の中を消防隊が駆け回っている画面の右上にはこの映像が生であることを表す『LIVE』の文字。


 そのまま1分ほど見つめた後にやっと気づく。これが俺の住む大和町であることを。



「これって……」


「そう。見たことあるでしょ。駅の向こう側にある中継倉庫。あそこが1時間くらい前に原因は分からないけど、いきなりこうなったらしいのよ。早朝に働いている人も結構いたみたいで……」


「それは……なかなか……。でも俺は本当に関係ないよ。マジで」


「そうなのね? 信じるわよ? 」



 母さんの念押しにさすがに罪悪感が芽生えてくる。確かにこの悲惨な事故に俺は関係ないけど……。『上級ダンジョン』というそれよりも遥かに危険な場所から帰ってきたとはとても言えない。



「まあ……そういうことだから。疲れたからちょっと寝るわ……」



 気まずさを覆い隠すように、そう宣言して、リビングを後にする。自室に戻り、使い物にならなくなった服をゴミ袋に突っ込み、さあ寝ようという直前になって思い出す。手に握ったままの鍵のことを。母さんに聞いても何もわからなかったこの物品。本当に一体どこで……? 


 眠る前にこのモヤモヤを解消したい。しばらく考えた後、俺はギリギリ納得できそうな答えを見つけ出す。


 もしかしたら、あの一瞬だけ見た『レベル3桁の人』が『剣士の迷宮』で落としていったこの『鍵』を自覚なく拾っていただけかもしれない。リューカがこちらの世界に来た時と同じように、現実世界に戻る時にこの鍵だけついてきてしまったのかもしれない。そして部屋の掃除をする中で、たまたまあの段ボールの中に紛れ込んだ。そうだ。それが一番ありえそうだ。


 どんな理屈をこねたところで、やっぱり子供のころの『ガラクタ(たからもの)箱』にいつの間にか入っていたのは妙だけど……。なんならそれも説明がつく。ずっと使い続けていたリュックにボールが入っていたことにも気づかない俺だ。『鍵』の一本や二本、気づかないうちに段ボールに放り込んでいても不思議じゃない。



「まあ、いいや……疲れたし……寝よ……」



 ──後から思い返せば、この時の俺は本当に疲れていた。一刻も早い睡眠が必要だった。頭もまったく回っていなかった。それなのに雑に結論付けてしまった。全ての疑問に。違和感に。俺はもっと深く考えるべきだったんだ。昔の俺に一体何があったのか。そして今、何が起きているのかを。




 月曜日の朝。教室に着くと、クラスはかつてないほどにざわついていた。なんだろう? 誰かさんのド派手な別れ話でもあったのか?



「よぉ剣太郎。今日は珍しく遅かったな」


「おお海斗か。丁度よかった。これ何の騒ぎだ? 」



 俺の質問に対して海斗はあきれ果てたような表情をした。何だ? 何かまずいこと言ったか?



「おいおい剣太郎。まさかクラスLINEすら見てないのか? 」


「ああ……いや、実は昨日さ全身筋肉痛で一日中寝込んでたんだ。それでスマホすらほとんど見てなくて……」


「おいおい……ちょっとはアンテナ張っといた方がいいぜ。最近の大和町はマジで『熱い』んだから……」



 そう言って海斗はスマホの画面を見せてくる。どうやら動画のようだ。長さは30秒ほど。


 見始めると、それは俺も見覚えがある大和町の外れにあるトンネルの夜の映像。登場しているのはウチの制服を着た3人の男子。そして彼らが大声を上げてスマホを向けているのは何かの黒い影。それは人間の様な……他の何かの様な……。何とも感想が言いづらい映像だ。



「……これがどうかしたのか? 」


「気づかない? 映ってる顔に」



 海斗の指摘を受けてもう一度注意深く3人の顔を見る。すると記憶の奥底から飛び出してきた『中山』という名前が。



「ああこいつ等、C組のバスケ部の中山達か。何なんこれ? 文化祭のために作ってる映画か何かか? 」


「いや、本人たちが言うには本物らしいぜ? それにこの動画が今大バズりしてんだよ。大和町で起きてる怪奇現象の一つって」


「か、怪奇現象ぉお~? 」



 そのあまりに胡散臭い響きに思わず疑い100%の声を出す。おいおい高校生にもなってそんなことで盛り上がるのかよ。こんないかにもフェイクっぽい動画で。



「いやさそうやって疑うじゃん? でも実際、最近の大和町おかしいらしいんだぜ? 原因不明の事件とか何やらが9月に入ってから多発してるって話だって」



 キラキラした目で話す海斗。知らなかった。このリア充の化身がこの手の話題のことを好きなことを。



「んで、お前はその話信じてるわけ? 」


「そう! だからさ今日何人かで確かめに行こうって話になってんだよ。剣太郎も来る? 」



 結果を先に言ってしまうと、俺はその誘いを断った。今日は、昨日できなかった上級ダンジョンで得た『色々』なモノを家に帰って試したかったから。


 それにあまり幽霊というものに興味が持てなかったという面もある。霊の何倍も怖い異世界のモンスター達を何体も何種類も見てきた。いるかいないかも分からない幽霊になんて到底、興味が持てなかった。


 だから誘いをあっさり断った。ゆえに何も考えずに海斗の説明をあしらった。……後悔することになるとも知らずに。


 


 日付は変わって火曜日。昨日を超える勢いでざわつくクラス。海斗はまだ来ていない。俺は同級生の一人にこれまた昨日と同じように事情を聴いた。


 海斗を含めた数人のクラスメートが昨日の夜から"行方が分からなくなっている"ことを知ったのは、それが初めてだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] トンネルと聞いたらピンとこないもんですかね?
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