人殺しの血・後編
『男』が街に戻ってきたことに、昔からの住人たちは手を叩いて喜んだ。『すっかり大人になった』『立派になった』『見違えた』『よく帰って来てくれた』『色気がさらに増した』と口々に褒めたたえた。
『男』もその歓待を表面上は喜んだ。呼ばれたパーティーには全て参加し、古なじみと数えきれないほどの食卓を囲んだ。
『男』の母親もその様を見て少しだけ考えを改めた。『もしかしたら息子は本当に孝行をするためにこの町に戻って来たのかもしれない』、『州外の遠く離れた都会の大学へ行ったおかげで【衝動】も消えてしまったのかもしれない』と思いなおすようになった。
こうして『男』が帰ってからも平和な日常が続いたことに安堵した母親は必要以上の感情を息子に向けないようになっていた。
『……何なの……ソレ? 』
『え? 何ってそりゃ……』
一週間後の深夜、家に帰って来た『男』が”赤く染まったズタ袋”を引きずっているのを見るまでは。
『アンタ……? まさか――』
『――大丈夫だよ。上手くやったから。誰にもバレてないし、バレないようにもする。いつも通り母さんは黙っているだけで良いんだよ? 』
そのズタ袋は大きかった。『2m近い大きさ』と『抱えるのに腕が一周する程の太さ』があった。
『中身は何なの……? 』
『心配しなくていいよ。母さんの【知り合い】ではないからさ』
その瞬間、母親は悟った。
もう何もかもが手遅れだということを。
『……ッ! 』
『母さん……!? 』
『母親』は家から飛び出した。わき目を振らずに、『息子』の静止する声も無視して走り出した。いくら嘆いても仕方がないのに声の限りを尽くして叫び続けた。
もう限界だった。
これ以上は到底耐えきれなかった。
『はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……! 』
そして気づけば『女』は若い頃の自分が客引きをしていた街の中で『最もなじみ深い場所』へ、足を向けていた。
ゴミと落書きだらけの、不衛生な、古いトンネルの中へと。
『え……? 』
『グルルルル……ガルルルル……』
そこで『女』は出会った。
明かり一つ無いトンネルの闇夜に紛れ、唸り声を上げる奇妙な生き物に。
『あは……あははは! 何? アタシに罰を与えようっての? 神様!? 』
しかし『女』は動じなかった。自暴自棄になっていた彼女は『男』が帰って来てから肌身離さず持っていた護身用の銃を取り出すと威嚇する影を撃ちぬいた。
『終わった……の? 』
『女』は恐る恐る撃ちぬいた影へと近づいた。自分が撃った生物が何だったのかを確認しようとした。
『え……? 』
『女』の手首に『文字』が刻まれ、黒い霧が彼女の身体に引き付けられたのは直後の事だった。
『何! 何なのこれ!? 』
『女』はただひたすらに困惑した。自身の身に何が起きたのか、必死に理解しようとした。そのまま逡巡すること一分、彼女はふと左手首に刻まれた文字に触れた。
『これ……本当なの? 』
その時『女』は知った。
自分が“世界で二番目の速さ”で『特別な力』を手にしたこと。『息子』に対抗しうる能力を手に入れられたということを。
『ははは……ははははははははははははは! ありがとう! ありがとうございます! 神様! 』
『女』は打って変わって神に感謝した。表示されたステータスに手を伸ばし、獲得した経験値をステータスに振り分けようとした。
『ダメだよ。母さん。こんなに面白そうな事――――独り占めにしちゃ』
『え……? 』
そして『男』も感謝した。興奮するあまり、すっかり油断しきり、背後への警戒を一切してなかった母親に。
こうして『男』は知った。
モンスターと呼ばれる生き物とダンジョンと言う特別な場所がこの世に出現したこと。
モンスターは殺すことで強くなるためのポイントが得られること。
モンスターよりも“人間を殺した方が”多くのポイントが得られること。
≪討伐者≫の称号は殺して奪えること。
『男』――ジェームス・F・リッジウェイは特別な力を得た『最初の一人』を殺すことに決めた。理由は特に無かった。ただ身体を突き動かす衝動だけは自身にも止めることが出来なかった。
「【限界突破命令】――対象『ジェームス・F・リッジウェイ』――代償――」
だから『男』は衝動に従い、確実に目的を達成しようとする。
「――『残存寿命50年』」
たとえどんな手を使ってでも。




