存在しない記憶
相対してすぐにわかった。
この鬼、俺とほぼ互角。それも増幅剤を飲んだ捨て身の俺と。
さらに言うと互角なのはステータス面だけじゃない。
奴が使う独特な火の魔法。身体を纏った炎を自由自在に操るそれに対して、俺の【念動魔術】も魔力が倍増されたお陰で、射程距離・威力ともに何とか対応できている。この点も同等。
最後に武器。俺の使う金属バットに合わせたとでも言うのか、ヤツが虚空から取り出した得物はなんと黒光りする金棒だった。
「戦闘中に考え事とは……随分……余裕そうだ」
それは心を読まれたようなタイミングでの一撃だった。バットで捌ききれずに脇に金棒の先端が掠る。
「ぐっ……!」
出血したことを察して呻く。だけどこれぐらいなら……。よし、もう治った。ほぼ互角だとは言った。だけどこの回復力なら勝っていると……思う。
「ほぉ、もう治したか。怪物染みてるな」
「お前に言われたくねえよ」
赤い鬼は怒った俺の顔を見てニヤニヤと笑った。
「随分余裕そうだな……ガキ。もう5分近く経つんじゃねえか? 」
「その手には乗らないよ……そうやって焦らせるつもりなんだろ? 」
煽ってくる鬼に何とか言い返す。それに時間稼ぎにも無駄じゃない。こうして話をしている間は[魔力]の回復にあてることができている。
「かわいげのないガキだ。その歳でそれほど肝が据わっているなんてな」
「自覚がないだけだ。モンスターに殺されることも……死ぬってことにもな……」
俺の言葉を聞いて目の前の赤鬼は始めて素の感情を見せる。鬼はひどく驚いて、目を見開いていた。
「今の言葉とそっくり同じ言葉を吐いた『迷宮狂いの女』がいた……まさかこんなガキから同じ言葉が聞けるなんてなあ……」
遠い過去を懐かしむように。記憶の海に浸るように。呑気に昔話をしだす鬼。その隙を俺は見逃さない。この瞬間に『5秒』は経過した。
「『フルスイング』! 」
なりふり構わない二回目の不意打ち。踏み込んだタイミング。筋肉の連動。振り下ろした角度。全てが完璧だった。当たってさえいれば。
「人の話は最後まで聞けよ」
「なっ!? 」
今何が起きたのか、全く分からなかった。目で追えたのは俺の金属バットに鬼は金棒を合わせたこと。ただ、それだけ。それだけのはずなのに渾身の一撃は狙いを外されて地面に吸い込まれている。
「わからねえか? 何が起きたか? そうだろうな。お前には筋はある。戦いの。だがな……技術は感じねえ。あの『女』とは違ってなあ……! 」
「本当に……よく喋る! 」
バットを振り回す。だが当たらない。避けられ続ける。ステータスは伯仲。魔法も同格。回復力は俺が上。だけど技術は圧倒的に負けていた。
「ほらほらどうした!? どこを狙ってる!? さっきから一発も当たんねえぞ! 」
「クソぉっ! 」
なりふり構わず、やみくもに。必死に振り回す。だけど、鬼は余裕をもってことごとく回避していく。
「もう見飽きた……今度はこっちから行くぞ! 」
そんな悪戦苦闘する俺に発せられるのは絶望的な宣言。攻勢に転じるという予告とともに嵐のような攻撃は始まった。
「ぐぅぅっ……! くっそっっっ! 」
「オラオラオラオラオラオラァ! 」
斜め上への振り上げ。そのまま振り下ろし。今度は薙ぎ払い。その間に的確に挟まれる突き。
金棒をまるで木の細枝のように振り回し、全ての動きを連動させた攻撃。
それに対して俺は必死にバットを立てて弾こうとする。だけど徐々に押し込まれる。バットが真っすぐ保てなくなる。握力がだんだん弱くなっていく。
そして、その時は訪れた。
「──オラァ! 」
鬼の薙ぎ払いに体の前に構えていたバットを弾かれる。間を置かずに来る追撃。
今、伸ばした右手一本でバットを掲げている状態。それを引き戻したとしても防ぎきれない。
「『パワーウォール』! ……くっ! 」
咄嗟に魔法に頼る。だけどそのことすら読まれていた。
鬼の背中から立ち上った一つの大きな火の球が頭上から襲い掛かってくる。それに対して用意していた魔法の壁を対応せざるを得なくなる。
ヤバい。もう打つ手が……!
一瞬頭が真っ白になる。その直後のこと。目の前の時間と光景が『ゆっくりと流れている』ことに気づく。舞い散るダンジョンの破片も、宙に舞う血も落下することなく静止している。
だけど、身体は速く動かせない。火事場の馬鹿力ってやつか? 意識だけがとんでもない速さで動いているようだ。
この遅い時の流れの中ですら速すぎる金棒の一撃。必死でバットを持った右手を手繰り寄せる。しかし左手を添える時間はない。
未来の光景が手に取るように分かった。片手で持ったバットの防御は簡単に貫かれて、俺の身体はペシャンコにされる。
そうなることは自分がよく分かっていた。今の俺と同等の力、つまり30000近い筋力を持つ鬼。俺は耐えられる気がカケラもしない。その間も時はゆっくりと進み続ける。金棒が触れそうになる。俺の力の入っていないバットに。
何か? 何か策は無いのか? 考える。そのまま永遠にも感じられる一瞬の間に考えた結果、思い出す。さきほど俺のフルスイングに対して鬼が行ったことを。
……そうだ。あれは『いなし』ていた。力の方向を上手くずらすことで威力を大きく殺したんだ。
仕組みはわかった。もちろんやり方は知らない。だけどやるしかない!
見よう見まねでゆっくりとバットを傾けさせる。そうだ、鬼はあの時斜めに触れさせていた。だけど、その後は? 分からない……。
今にもバットと金棒が接触しそうになる。もうダメか。心が折れかけた……。その時だった。何かが頭の中で弾けた。それは『記憶の中の声』だ。どこか懐かしい響きを持っている。声は言っていた、『脱力』と。『腕だけじゃない。全身の力を抜いて、全身で力を受け止める。』と。なぜだろうか? 俺はその説明がどうにも耳馴染みがよく、『いなし』に使えるんじゃないかと思えた。
その声と身体が自然に動くままにする。ボールを投げる時よりもさらに一層柔らかくなった手首がまず金棒の衝撃を受け止める。その後に、上腕。次に肘。二の腕。肩。背中。腰。最後にかかと。力が均等に伝わっていく。結果、衝撃は全て地面へと抜けていく。
「は? 」
「え? 」
呆けた声を出す鬼。それに呼応するように俺の口からも声が漏れた。
今、俺は何をした? 何で出来た? いや、何で知ってるんだ……? 分からない。検討もつかない。だけどこれだけは分かる。
今が大チャンスってことが。
「『乱打』ァ! 」
思考も身体も停止した様子の鬼を乱れ打つ。顔面を集中して狙った結果、鬼の角をへし折ることに成功する。致命的な、鳴ってはいけないバキッという音がした。
「がぁああああああああああああ!! 」
痛みで絶叫する鬼。俺は何かに導かれるように【鑑定】スキルを使った。
『Lv.99 マッド・レッド・デーモン』
その衝撃的な数字に惑わされることなく俺はすかさず使った。再使用が可能になった『弱点看破』を。結果、俺の脳裏には直前を超える衝撃が奔る。
「おまぇ……その身体! 」
全身が"真っ赤"だった。それは現実の色の話じゃない。全身が弱点という意味。なぜ身体が動けているか全くわからないほどにボロボロ。そして理解させられた。今まで必死にそれを悟られないように戦っていたことも。
そこから増幅剤が切れるまでの3分間。危険は承知で鬼の懐に飛び込んだ。無傷とはいかない。何度か金棒を骨に食らった。あの瞬間は確実に大けがを負ったことを認める。だけどそれ以上に俺は鬼にダメージを着実に与え続けた。結果、戦いが始まって10分が経過した後に立っていたのは俺の方だった。
「あの時だな。……アレを受け流されたのが全てだ。甘く見ていたよ。まさか『あの大技』を隠していたとはな」
モンスターが敗北を認めて横たわる様は始めて見る光景だった。目の前の鬼は床に倒れたままゆっくりと体の端から煙へと変わっていく。だけど、そんなこと今はどうでも良い。俺は鬼の称賛を正面から否定する。
「自分でも何でできたかわからない……ただ身体が勝手に動いたんだ」
「身体が……勝手に動いたぁ? 」
鬼は唐突に目を見開き、人間の容姿の時と同じような表情をうかべ、急に笑い出す。
「ギャハハハハハハハハ!! ああ、わかったぞ! そういう"理屈"か! なるほど! こりゃあ傑作だ! 」
何かを得心したようにしきりに頷く鬼。
「何がおかしいんだ? 」
俺の質問に対して鬼はギョロリとこっちを見た。
「おいガキ、同情するぜ。お前これから大変だなぁ……」
「一体何を……? 」
必死に聞こうとするが、もう鬼の身体はほとんど残されていない。どんどんと煙に変わっていく。
「さあな。これ以上は面白いから言わねえ。まあ精々あがけよ。お前が強さを求め……続ける……か、ぎ……――――」
言い切らないうちに鬼の身体は全て煙へと変わった。残されたのは黒い球が一つだけ。
このようにして俺の最初の上級ダンジョン攻略は終わった。様々な疑問を残しながら。




