弱者の足掻き
剣太郎が相手の息切れをずっと待っていたように。
男もまた待っていた。
虎視眈々と狙っていた。
絶え絶えの息を御しきって、止まらない鼓動を留め、無理がたたったせいで身体の節々に出来た負傷をおしながらも……ずっとずっと待っていた。
「あれ? 剣太郎……? 」
あえて放置していた爆弾に火がつく瞬間を。
剣太郎が一番、隙を見せるであろう一瞬を。
男が攻撃を加えるのに最も適した好機を。
「【虐殺術】――『戮殲驍餓』ッッ!! 」
そして、それは剣太郎にとっては余りにも予想外で、理外の攻撃だった。
それはステータス差を超越したあまりにも致命的な一撃だった。
((――間に合わない!! ))
この瞬間、両者の心の声は奇しくも同じ。
一方は勝ちを確信した歓喜から。
もう一方は圧倒的有利から一転どん底へと叩き落されたことへの深い絶望から。
彼らの脳内に自然と描き出された数秒後の未来の光景は二人のホルダーの示す反応を正反対なモノにした。
この場で起きた全ての出来事を把握していた二人は咄嗟に同じ判断をしていた。
「……【刀剣術】――『裂絶縮地』! 」
「……【天国門】! 」
だかしかし――。
「「……んなッ!? 」」
――真逆の感情を発露したはずの二人の声は再び重なる。今度は全く同じ――『衝撃』という感情から来る意味を持たない言葉を自然と叫んでいた。
(いったい何が……)
(……起きている!? )
ホルダーの世界では間違いなく頂点に近い二人が『防御』と『攻撃』の手を止めてまで、掛け値無しに驚いた理由。そのカラクリ。それを語るには数十時間ほど時を遡る必要がある。
数日前――樹海にて――。
【女王】の急襲をマサヒラと蕪木は受けることになった。
『……かぶら、ぎ……まだ……生きてるか……? 』
『あ、ああ……ギリ、ギリ……だがな』
彼らは痛みで飛びそうになる意識を必死に繋げながら『ある計画』を共有した。
『……なあ……俺たち……殺されて無いってことは……もしかして【人質】なのか……? 』
『……そうだ、な……何かしらの……交渉材料に……使われることに……なる……だろう……』
全身に走る激痛に耐え、息を殺して、誰にも聞こえないように囁いていた。
『そんな……剣太郎の足だけは……引っ張りたくなかったのに……』
『……』
『……こんな……こんなのってッ……こんなのってねーだろ……ッッ』
『……嘆いても仕方がない……相手は俺達が到底適う……レベルじゃない……』
『……』
『だから……1つだけ……決めておくか……』
『……え? 』
『……もしも……もしもだ。……次、目を覚ます時……俺達の前に……城本剣太郎の顔があったのなら……その時は――――』
((――どんな手を使ってでも……逃げるッッ!!!! ))
それは二人が考え出した敵わない敵への抵抗――絶対的強者に弱者が見せる最後の足搔きだった。
「「うおおおおおおおおおおおおおお!! 」」
本来ならば目覚めたばかりで、状況を全て把握しきれてもいないこの二人が『世界最強』から逃げ出せる道理はない。絶対的なステータスの差をもってすればレベル二桁のホルダーの暴走程度、あくびをしながらでも潰すことが出来るはずだった。必死に逃げる背中を簡単に切り刻めるはずだった。
だけどこの瞬間は――今回ばかりは――事情が違う。
(絶対に逃げ切ってやる! 走れ! 剣太郎のために――! )
(これ以上の無様は晒すものか――! )
命の限りを尽くした弱者二人と完全に虚を突かれた強者二人。
これら二つの要素が重なったことで――
「――――クソォッ!! 」
「……っっしゃぁっ!! 」
――『奇跡』は起きる。




