推測しろ
握ったバットが『不可視の刃』に触れる度。
けたたましい衝突音が俺の鼓膜を震わせる度に。
「[力]に70000……[器用]に700000……」
「……『乱打』ッ! 」
『奴』から発せられる圧力は加速度的な速さで増していく。
「[敏捷力]に50000……[耐久]に800000……」
「……クソ! 」
決定的な違いがあった彼我のステータス差は徐々に埋まり始めていた。男が纏う存在感はみるみるうちに強くなっていた。
着実に、確実に、後ろからひたひたと迫る足音は大きくなっていった。
「……[魔力]に100000! 」
そしてその進化は、目の前にいるこの男が強くなると言うことは、その裏で数えきれないほどの罪なき人が犠牲になっていることを意味している。
もちろん止める。
絶対に、どんな手段を使ってでも、俺はコイツを止めないといけない。
「おっと……! 危ない、危ない。あと一歩踏み込んだら……死んでたね」
だけど奴は、そんな俺をあざ笑うかのように、冷静だった。
燃え上がるような殺気を殺し、攻撃の手を緩めてまで、いけしゃあしゃあと時間を稼ぐ判断をする。
まるでこちらの考えなんて『全部お見通し』とでも言いたげに、常に俺の裏をかいてくる。
「……~~ッッ! 」
「【虐殺術】――『輪廻断絶』」
そしてこっちがほんの一瞬気を抜いた隙を、コイツは絶対に逃さない。
「『超反応』! 」
「……あれ? 『右腕一本』は貰った手ごたえだったけど……薄皮一枚かすっただけか」
一切の予備動作も無しに振るわれた斬撃は俺の右腕を深く切り裂くだけに留まらず……背後へと抜けていくと、いともたやすく薙ぎ払う。
大都市だった残骸を。
遥か地平線の彼方まで。
「……何が右腕一本だ。いま確実に殺す気だっただろ……」
「マズいな~。すこし殺意が漏れちゃったか~? 」
睨みつけると微笑を返してくるこの男。その脱力した立ち姿は一見隙だらけのようで、実は隙らしい隙は一切ないことを俺は散々思い知らされてきた。
両手に持った二振りを含めて、総計数万本以上の『刃』を操るこの男が見せる隙は100パーセント『罠』だと思っていい。チャンスだと思って飛び込むとほぼ確実に手痛い『反撃』が待っている。
ありとあらゆるところから即死級の攻撃が飛んでくるということが、どれほどのストレスがかかるのか。すっかり神経をすり減らされた俺は身に染みて分からされていた。
「まあ、いいさ……。解決法は分かっている。殺意を剝き出しにした上で君を真っ二つに出来るまで、強く成ればいいだけだ」
「『瞬間移動』! 」
そして、似ていると思っていたコイツと俺の戦い方の『違い』についても少しだけ分かって来た。
「【虐殺術】――『兇刃羅刹』! 」
「……ッ! 『パワーウォール』! 」
コイツの攻撃は、たとえ俺が後ろを取ったとしても対応可能な幅を持っている。全方位、360度。あらゆる角度、あらゆる威力の『不可視の斬撃』をノータイムで撃ち放つことが出来るんだ。
「防がれたかー。今のは結構、自信があったんだけどなー」
「……『乱打』ァ! 」
対して俺の攻撃にはどれも『溜め』がいる。
『フルスイング』は0.1秒。『魔神斬り』には約1秒。『石化』は目に意識を集中させるのに最低2秒。『獄炎』は発動前に[魔力]を強く押し固めないといけないし、『龍王の炎』には緻密な魔力操作が必須。
こうして挙げてみると分かりやすい。
俺の使う大技は全て出が遅いものばかりであることが。何かもが速過ぎるこの男には全て使えないということが。
「流石に速いな! 連撃とは思えない重さだ! 」
「どの口が言ってんだ! 」
一方で『ファイアーボール』『乱打』『ショックウェーブ』などの、俺がノータイムで使える『技』には重さが足りない。戦況をひっくり返すにはどれもこれも軽すぎる。
特に対人戦の機微を知るこの男には絶対に有効打にはなりえない。最速のスイングスピードをもってした最適な連動をぶつけようと、奴は平然とこちらの攻撃に対応してくるからだ。
予測。反応。技術。勘。どれをとっても一級品なこの男は判断を間違えない。どの攻撃が無視出来て、どれが防がなければならないのかを理解しきっている。
そこミスの無さには『まるでロボットと戦っているような』錯覚すら覚えるほど。
そんな戦闘マシーンが絶えず成長しながら俺に向かってくる。顔色一つ変えずに直撃すれば死ぬ攻撃を連発して来るんだ。――これを『悪夢』と言わずに何て言う?
「さあさあさあさあ! そろそろ追いつくぞ! 」
互いが腕を振る度に空気は破裂したように揺れ動く。地面を踏みしめる度に地殻は悲鳴を上げてひび割れる。
だけど、まだ俺が上だ。まだ俺のステータスの方が高い。まだ……まだ……まだ……――。
「――分かってんだよ! 」
そう。分かってる。これが時間の問題だということ。このままだとジリ貧だということ。何かしら状況を打開する手を打たないといけないということだって!
でも、ここで立ちはだかって来る。アイツの言っていた『偽装だと気づかれない偽装』が。
いくら【鑑定】を使っても、『偽装看破』を重ねても、変化の無いステータス画面からは『コイツがどうやって経験値を得ているのか』の情報は何一つ得られない。
俺に出来ることと言えばあとはせいぜい推測することだけ。
だから推測しろ。
【虐殺術】『屍山血河』とは、いったいどのような効果なのかを。
バットを握りしめて、足は止めずに、頭は回し続けるんだ。
「【虐殺術】――『解牙恢恢』」
「『絶対防御圏域』! 」
明らかに『技』の使用には何らかの『条件』がある。無条件で使えるならコイツのレベルはとうの昔にレベル200を超えていた筈だからだ。
何かあるはずだ。
今この状況でしか使えない何かしらの理由が……――。
「あ」
その時、俺は唐突に思い出す。
意識の外にあった、ずっとこちらの姿を上から覗いている第三者の存在を。




