平等な死
何千、何万にも重なった阿鼻叫喚は見上げるほど高い天井の端から端まで、絶え間なくこだまし続けている。
苦痛に喘ぐもの。
左胸を抑えて昏倒するもの。
吐血し、倒れ伏すもの。
それを見て悲鳴を上げるもの。
次々と周囲に伝播していく集団パニックを鎮め、狂気の拡散を止められる人間は、最早この場所には存在しえなかった。
「舞さん! Aブロックは何人!? 」
「分かっているだけでも50人以上! 今もどんどん増えてる! そっちは!? 」
唐本舞と木ノ本絵里の二人が声を上げて、必死に駆けずり回るのは、見渡す限りのベットが立ち並ぶ超巨大空間――来たる破滅の日に向けて日本政府……ひいては【迷宮庁】が【空間魔術】と技術の粋を込めて建設した『地下巨大シェルター』の一空間である。
首都圏丸ごと、実に数千万単位の人間が一時的に……一堂に集うことになったこの大地底空間では――先ほどまで避難民の誰もが、思い思い、それぞれの方法で逃げて来た東京で行われている『戦いの行方』を固唾をのんで、食い入るように見守っていた。夥しい数の人間がすし詰めになっていることを忘れてしまうほどの静けさで。
だが戦いが佳境になり、映し出されたホルダーの男がある【スキル】のある『技』を使用したのを皮切りに『なぜか』胸を抑えて苦しみ出し……周囲に助けを求め……最終的にそのまま息絶えてしまう人たちが現れ始めた。
原因は全く分からない。
【スキル】によるものか。
【魔法】によるものか。
そもそも悪意ある第三者からの攻撃なのか、はたまたモンスターからの襲撃なのかすらも不明だった。
ただただ人が、避難者が突然死んでいく。
犠牲者たちに共通点は無く、老若男女問わず、ホルダーかどうかすらの区別もなかった。
「……数えただけでも200人以上。あるだけの【回復薬】も【回復魔法】も試したけど……全部ダメだった」
「……じゃあ……【蘇生】は……? 」
「……」
「…………そんな」
唯一ハッキリしていたのはこの『死』の兆候が現れた人間は確実に死ぬという事。そしてこうして死んだ人間にはあらゆる【スキル】と【魔法】が通じないという事。
「いったい何が起こってるっていうの……? 」
「私にも分からない。でも……多分……――」
そこで絵里は言葉を途中で切った。トンネルの条件から外れるために必要以上に高く造られた天井を見上げるために。視線の先には現在の東京の様子をリアルタイムで映しだす巨大モニターがある。
もはや二人の間にそれ以上の言葉はいらなかった。
――だがしかし二人は一つだけ勘違いをしていた。
――この人々にランダムに襲い掛かる『死』がこのシェルターの中だけで発生した悲劇であるとそう、思い込んでいたのだ。
『トップニュースです。現在、原因不明の突然死がテムズ川周辺で多発しているという情報が……』
『州内の小学校で児童十数名が緊急搬送されました。当局は銃撃事件とモンスターの襲撃のの両面で……』
『速報です! 大統領が演説中、原因不明の――』
『隣国から何らかの生物兵器が使用された可能性があります! くれぐれも家から出ないで――』
『――再度繰り返します! 公共交通機関の使用はお控えください! 致命的な事故が発生する恐れが――』
――だが現実は違う。
――ランダムで平等な『死』が降りかかったのは例外なく全て……日本を含む『全世界』である。




