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最終階層で待つ者

「……【念動】……【魔術】っ! 」



 最終階層の底に降り立つ寸前、自分の身体の勢いを魔法で殺す。すぐに安堵の息が漏れた。どうやら今度は【魔法】を使わせてもらえるようだ。


 着地と同時に、荒れる呼吸を正す。いつ最終階層のモンスターが襲い掛かってくるかは分からない。一刻も早く戦闘態勢を整えないと。


 逸る気持ちを抑えつつ、何度も呼吸を繰り返していたその時。



「おやおや久しぶりに来た命知らずの方は随分お若いんですねえ……。100歳にも満たないんじゃないんですか? 」



 正面の暗がりから聞こえる"男の声"がする。


 顔を上げると、やはりそこには人がいた。


 古めかしい豪華な椅子に座った中肉中背の黒髪の男。歳は20代くらいにも見えるし、60代と言われても納得してしまうような顔。着ている衣服はスーツか? 



「この服は燕尾服と言います……ああ、別に感情を読める能力を持っているわけではないのでそんなお気を悪くしないでください……? 」



 心の中で思ったことを2回連続で言い当てられた。コイツ……何者だ? 迷わず【鑑定】スキルを使う。結果、何もわからなかった。



「【鑑定】スキルをお持ちなんですねえ……。ですが無駄ですよ。私を含めて、用心深い者はそのスキルに対してはしっかりと対策をしております」



 またもや考えを見透かされた。表示された「『Lv.?? ?????????』」という始めて見る画面を閉じながら今度はこちらが口を開いた。



「アナタが最終階層のモンスターを倒してしまったんですか……? 」



 その質問に対して燕尾服の男ははじけたように笑い出した。椅子の手すりに背中を預けて、横向きになりながらの大爆笑。



「ハハハハハハハハハハ!! そ~れは愉快な想像ですねえ……! 今度からはそうやって自称することも悪くないです! ありがとうございます。久しぶりに笑わせてもらいました」


「何者なんだ? ……アンタ?」



 口では質問をしながら、背筋は凍っていた。さっきから冷や汗が止まらない。嫌な予感が止まらない。申し訳程度に使っていた敬語も忘れてしまう。


 急に男は椅子から立ち上がる。その動きに何か洗練されたものを俺は見た。


 数十メートル離れていたはずの男が俺の耳元でささやいたのは、その直後。



「私がこの最終階層のモンスターです」



 脳裏を貫く衝撃の一言に逃げようとして足がもつれた。やはり体が治り切っていない。もはやモンスターが喋ることに驚く暇すらない。この状況はどう考えてもヤバすぎる。



「上で随分な大けがを負ったみたいですねえ……【回復魔術(ヒール)】」



 しかし何を考えたのか、この男――――最終階層のモンスターは俺の怪我を癒し始める。


 何だ? こいつ、俺の味方なのか? モンスターっていうのも嘘だったのか? 


 疑問の声を口にする前にモンスターは言った。



「これがルールだからですよ。私がここで永遠に生き延びる(・・・・・・・・)ための……挑戦者は万全の状態にしなければならないのです……」



 身体の動きを確認し本当に回復だけされていることに驚きながら立ち上がる。調子はむしろ『上級ダンジョン』に入る前よりもいいくらいだ。


 右手に握りしめたバットを突き付けて、俺は人の形をしたナニカにする最後(・・)の質問をした。



「じゃあ、これからアンタを倒せればクリアってことか……? 」


「はい、そうなりますね。……倒せれば……ですが」



 言葉を切ると同時に指を鳴らす燕尾服の男。すると薄暗かった迷宮の内部に明かりがともる。


 ようやく最終階層の全貌は露わになる。思い出すのはローマの世界遺産で最も有名な闘技場。そこから客席だけを排除したようなデザイン。



「あなたがどのような経緯でこの『狂獣の落とし穴』に落ちてきたのかは分かりませんが……先ほどの上層での身体の負傷の量を鑑みると……厳しいかもしれませんよ? 私と戦うのは」



 ご親切に忠告までしてくれる目の前の男。とてもモンスターと思えない。怪しすぎる。何を考え、意図しているのかが全く読めない。



「たしかに……俺もそう思うよ」



 だけどこの男の発言そのものには全面的に同意する。だから――――この瞬間のためだけに残していたのだから。『コレ』を。


 俺はポケットの奥底から取り出した小瓶(・・)を飲み干すと、即座にスキルを使用。距離を詰め終わるのと、バットを振りかぶったのはほぼ同時。接近の勢いを殺さずに腹部にバットを叩きつけた。


 真芯でとらえた感覚。防御も許されず強打された男は床面に平行に吹っ飛びそのまま壁に叩きつけられる。闘技場の一部はガラガラと崩れ始め、粉塵が一帯を包む。


 完璧な不意打ちが決まった。だけど『上級ダンジョン』のラスボスだ。この程度で終わるはずがない。俺はじっと煙の奥に意識を集中させる。


 しかし予想を裏切るように男の声は背後から聞こえた。



「なるほど、なるほど。先ほどの質問はこれ以上の敵が待っていないかの確認していたわけですね。それであなたは安心してその『能力増幅剤』を使用したと……。良いですね! 回復をしてくれた相手、それも見た目はほぼ人間に対して容赦なく殴りかかれる胆力。そして今までにその『薬』を使わなかった判断。実に素晴らしい」



 聞いてもいないことをベラベラと語る声に振り返ると、ボロボロの服をまとった男と目が合う。破れて露わになった傷一つない均整の取れた身体は思わず息を飲んでしまうほどに鍛え上げられていた。



「ですが、一つ気に入らないことがありますねえ……。それは……この俺を……『10分で倒せると思っていること』……! 」



 突然膨張する男の身体。とてつもなく嫌な予感がした俺は突撃する。この『変身』が完了する前に男を倒し切るために。


 しかし思考を読む怪物にとって、俺の突発的で浅はかな考えは想定内だったらしい。身体の変形と共に男の全身が突如火で包まれる。燃え盛る炎は急劇にふくれあがる。俺をも焼き尽くす勢いだ。



「『パワーウォール』!! 」



 この『技』が通用するかは分からない。ただ、咄嗟に思い付いたのはこれだけだった。俺の願いは届いた。念動力の壁は炎と熱さを、勢いが収まるまで遮断してくれた。



「それがアンタの……"真の姿"ってわけか……」



 火の中から現れた男はもはや人間の姿をしていない。盛り上がった筋肉を包む赤い肌。身長は5mほどにまで巨大化。凶悪な顔面には牙が生えそろい、額からは大きな一本角が生えている。奇しくも最初の迷宮のラスボスと同じ。『鬼』がそこにはいた。



「こうなったら、もう……手加減はできねえぞ……覚悟は良いな? 」


「望むところだ」



 どちらにせよ勝負は10分間。これを超えた瞬間俺の敗北は確定する。俺史上最強の敵と繰り広げるこれまでで最短の戦闘はこうして、幕を開けた。


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