タイミング
こんなのって無い。
本当にズルい。
あまりにも無法過ぎる。
俺が一度【魔法】を使っている間に、向こうは何百もの天変地異を引き起こすことが出来るなんて……!
そんなの全く持ってフェアーじゃない。あまりにもおかしな話だ。いったいどこでそんなチートを手に入れたんだ? 何を考えてたらそんな【魔法】が発現するんだ? そもそも根本の【魔法】の性能が違うなんて意味が分からない……。[魔力]の消費効率も……【魔法】の構築速度も……連発できる回数も……恐らくは身体への負担でさえも……全部向こうが上なんてあんまりだ。この決定的な差は競争をする上でこっちは生身なのに、向こうはスポーツカーで挑んてくるようなもの。普通ならこんな悪条件で端から勝負になるはずなんて無い!
「ははは……まったく……笑ってられないな」
もしも俺が【魔法】だけを使う純粋な【魔術師】だったら多分心の中でそう連呼していたところだろう。
東京という世界有数の大都市を存在ごと消し飛ばそうとしてるあの黒髪の女の振る舞いを身をもって体験している内に気づけばこんなことを考えていた。なにせ俺がそう思うだけ、あの人の暴れっぷりは常軌を逸するものだったのだから。
[魔力]を込めた右手を振り上げれば空が闇に閉ざされて、左手で地面を指し示せば未だ体験したことが無いほどの地震が起こる。そして一度その小さな口で何かしらの『技』の名を呟けば、世界は絞り出すような唸り声をあげて災いに呑まれていった。
まるでインド神話に登場する破壊神のように。
まるで新しく世界を創るためリセットボタンを押した創造神のように。
あの黒髪の女の意思に従って、見渡す限りの光景は目まぐるしく一変し続けていた。
その威力は何でも燃やせる手段として俺が認識している『龍神の蒼き焔』を、『ただの物量』で圧し潰せるほど。
それだけこの女の使う【魔法】は強力で、反則じみていた。もしかすれば最終手段の『黒い方』であればチャンスはあったかもしれないが……もしも俺の全力とあの女の全力が真っ向からぶつかり合い、間違っても『魔力爆発』を引き起こしてしまったら……日本の『形が変わってしまう』だけでは留まらない……想像するだけで吐き気がするような最悪のケースへと至ってしまう。
それだけは……絶対に避けたい。
これが俺が始めに考えていた事項だった。
さて次に考えたのは”それじゃあどうやって倒すのか”。
……いまさら確認するまでも無いが、あの黒髪の女は強い。尋常じゃ無く強い。流石はレベル190といった揺るがぬ力を間違いなく有している。なにせステータス上の数値が300万、【スキル】の倍率補正を合わせると1000万にも及ぶ魔力だ。生半可な【魔法】の打ち合いじゃただただこっちの[魔力]が削り取られてしまうだけに決まってる。
もしも【魔法】を俺も使うんだったら一撃必殺にかけて全力の一撃をお見舞いさせるしかないが……先ほども言ったようにその手段は絶対に使いたくなかった。
出来るだけ被害を最小限に、尚且つ俺自身の消耗も後のことを考えると、最小限に抑えたい。となると思いつく手段は一つ。
「『竜王戦』以来か……」
【自動回復】と[耐久力]に完全依存した強行突破だ。
「……本当にやれんのか? 」
現在、俺が持っている【スキル】【魔法】の中で最も消費魔力が低いのは何を隠そう、この【自動回復】だ。日ごろから無茶ばかりして生傷が絶えないせいなのか、いつの間にかスキルレベルが200を突破していたこの【スキル】に対しての俺の信頼は絶大だ。
けれどもほんの少しの懸念はある。
向こうの【魔法】の衝撃を相殺している今でさえ、俺の【自動回復】の回復速度がギリギリ追いつていないということ。
焔の余波で。潰し切れなかった礫の破片で。漏れ出た冷気で。少しずつ、着実に、俺の身体にはダメージが蓄積していたんだ。
唯一の心配事がこれで、対する希望は、黒髪の女のステータスが[魔力]以外は比較的に低く割り振られているということ。
恐らく今まであの女に近づける敵なんて一人もいなかったんだろう。あの災害の雨をくぐって突っ込んで来た命知らずのバカなんて見たことも無いんだろう。そんな判断と思考とある種の油断がステータスの振り分けから一目で分かる。
つまり、あの神話級の【魔法】攻撃の弾幕を潜り抜けさえしてしまえば良い。後は野となれ山となれ。俺の勝利は決定する。
さあ、最後に残った問題はタイミング。いつ、どうやって突っ込むか。
【石化の魔眼】で無理やり隙を作るのも良いが、その間にあの【魔法】でハチの巣になってしまう気がする。なら、あの女が一番隙を見せるのはいつだ?
【鑑定】をしつつ、思考をフル回転させる。脳に入って来る情報は上から下へ落ちた砂粒の数でさえ把握しきるつもりで、俺は目を大きく見開いた。
どこだ?
探せ。
何かあるはずだ。
何かしらのヒントが見つかるはずだ。
[魔力]だけ数百万で、他は全部数十万となんて目茶苦茶、歪なステータスなんだ。
どこかで絶対に無理をして――――――。
「――!? 」
俺はその時、この目ではっきりと見た。
俺が見た中で最も高いレベルを持つ女が『火の魔法』を使うのと同時に、『水氷の魔法』を自分自身に使ったまさにその瞬間を。
見つけた!
あれは体温を調節するため!
やっぱりあの【魔法】を使うことでの身体への負担は、あの低すぎる[耐久力]じゃ補いきれなかったんだ!
「『全力疾走』!! 」
そこからの俺は一切迷わなかった。
癖になるほど染みついた【疾走】スキルの『技名』を叫び、加速。最後の攻防へと身を前に踊り出した。




