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1体さえ倒せれば……

 バーサーク・グール。姿こそ見なかったが『剣士の迷宮』でのトラウマの一つ。


 3000近い敏捷と耐久値。4000を優に超える力。装備は殺傷能力の高い包丁。食らったら大けがは免れない。"付け入る隙"は一つしかなさそうな今までで最強の総合力を持ったモンスター。それを60体狩る。それもあの怪物の海の中で。


 まずは作戦が必要だった。現在のステータスとレベルでは一体すら狩れるかも怪しいから。


 上級ダンジョンに入ることは最初から分かってしたことだ。当然、こんなケースは想像していた。ゆえに俺の行動はもう決めてある。全力を尽くした奇襲。それでまず、相手がどれだけ格上でも、どんな手を使ってでも『一体』を狩る。


 そして俺のレベルは53。敵は70。


 それでもやるしかない。覚悟を決めろ。さあ、飛び出せ。



「…………ッッっ!! 」



 意を決し、トンネルの中から巨大な円柱空間に身を投げる。足を下に。両手を伸ばして持ったバットを頭上に構えて。


 重力に引き寄せられてだんだん加速していく。嘘みたいだ。悪夢を見てるみたいだ。


 この縦穴……想像の何倍も深い!



「もし……ミスったら……」



 もしも着地を間違えれば下半身がグチャグチャになるかもしれない。もしも奇襲が失敗したら囲まれ、たかられて無抵抗のまま食い潰されるかもしれない。


 風切り音の中で久しぶりに弱音を吐くと裏腹に、頭の中は冷静になっていく。だんだんと狙いをつけていた一体の身体が視界の中で大きくなる。


『溜め』が必要な5秒はもう終わっていた(・・・・・・)



「『フルスイング』……! 」




 技の名を口にした直後、【棍棒術 Lv.10】の基礎倍率1.8倍に『フルスイング』の2倍が掛け合わさる。結果、俺の力と敏捷は単純計算で約6000。そこに超高所からの落下の勢いが加わった。



「グギャ」



 何かが潰れるような音を発して霧散するバーサク・グール。経験値(ポイント)も久しぶりに4桁。実に2000のポイントを手に入れられただけでなく、落下の衝撃すらも踏みつけたグールが吸ってくれた。


 無事奇襲成功。


 無事着地成功。


 そう──ここまでは大前提(・・・・・・・・)



「『疾走』……! 」



 格上殺し(ジャイアントキリング)の余韻に浸る間もなく、急いでその場を離脱。俺は怪物の群れの中に飛び込んだ。すると他のグールたちは突然消えた自分たちの同胞の方を向き、けたたましい鳴き声を一斉に上げ始める。流れた同胞の血の匂いに驚愕するように。仲間の突然の死を嘆くように。


 一方の俺は息を潜めて紛れていた(・・・・・)。バーサーク・グールの真っ只中。狂気と狂乱の中心に。


 予想通りだ。こいつ等は『目が著しく悪い』。眼の前にいるはずの俺を認識できてない。ほぼ見えないと言ってもいい。


 なにせ記憶の中での『剣士の迷宮・下段』は常に暗闇で包まれていた。あのような環境で夜目を効かせることなく血の匂いを辿ることに特化したバーサーク・グール。目が未発達なことはトンネルからの観察した甲斐もあってある程度想像できた。


 傷の無い健康体すらも嗅ぎ分けられるかは大きな賭けだったが、結果は勝利。賭けに勝った俺は、大きなリスクと引き換えに、大きなポイントと有益な情報を手に入れることが出来た。


 だが、倒せたのはこれで1体。まだあと59体のノルマが残されている。もう落下とフルスイングの合わせ技は不可能。同じことはできない。そして無理に戦い始めればこの空間は怪物ではなく俺の赤い血で満たされることになる。


 だからこそ1体。1体さえ狩れれば話は大きく変わってくる。この1体の討伐で得たものは俺に、上級ダンジョン攻略の突破口を開いてくれた。


 力に400。敏捷に400。そして【疾走】に1200を振り分ける。ここで【疾走】のスキルレベルが10になり、新たな『技』の使用が可能になる。


 これで全ての手札はそろった。出し惜しみはしない。ここでポイントを一気に稼ぐ!



「……『弱点看破』」



 視界が青く染まる。バーサーク・グールの青白い体の各部分が赤く点滅しだす。勝負はこの1分間。できるだけ多くを倒す。



「『全力疾走』……!」



 さらに技を重ね、全身の動きが1段階速くなった瞬間、俺の挑戦は始まった。



「まずは……お前だ」



 手始めに付近にいた一体の弱点、脳天にバットを叩き込む。クリーンヒット。たたらを踏んであとずさる白い怪物。だけど倒しきれない。この一撃だけでは。



「グ……ギャ……ガアアアアアアア!! 」



 痛みを怒りに変えるように絶叫するバーサーク・グール。すかさず大包丁を振るってくる。俺はリューカの教えと中学の時に体育でやった剣道を思い出しながらその一撃をバットで弾こうとした。しかし力関係は未だ変わらない。バサークグールは[力]で俺を完全に圧倒していた。 



「ぐぅ……! 」


「グギャ……! ギャギャ……! 」



 なんとか対応はできているものの弾くたびに腕がしびれる。握力を持ってかれる。バットも取り落としそうになる。そこを必死に耐える。


 そんな風に大立ち回りをしていたらさすがに周りに気づいたのか。10を超えるバーサーク・グールが打ち合う俺達に集まり出した。刹那、その場が鳴き声と足音と興奮で支配される。状況が錯綜し、目の前に相対していたグールは俺のことを一瞬だけ見失う。


 その隙を待っていた。



「おらァ……! 」



 間髪入れない、速攻。俺は真っ赤に染まった手首の弱点にバットを押し当てた。



「ギャッ……! 」



 渾身のはたき落とし。存外細いグールの腕は獲物を取り落とす。そして勢いのまま振り下ろしたバットを振り上げると、グールのもう一つの弱点『顎の下』を正確に打ち抜いた。


 2体目。


 今度手に入れたのは1500ポイント。すかさず1000を敏捷。力に500を振り分ける。ただし一体を倒した後は10体の同時攻撃が待っている。



「『超反応(・・・)』!」



『超反応:【疾走】がレベル10になると使用可能。攻撃からの回避行動時(・・・・・・・・・・)のみ、魔力を消費して0・1秒間敏捷と器用を4倍にする。連続使用は不可能で一度使うと10分間のインターバルを要する。これの倍率は【疾走】の基礎的な倍率補正と重複する。』



 絶体絶命。


 逃げ場のない崖っぷち。


 その状況で意味を持ち、俺を救ってくれるのは新技である『超反応』。説明を一読した時は一瞬『』逃げることにしか使えない技かよ』と思った。だけどすぐに思い直した。気付いた。この技の有用さに。


 基礎倍率と掛け合わせると、一時的に約8倍にもなった俺のスピード。もはや自分ですら認識できない速さ。言わばまさに瞬間移動。取り囲んできたグールの一体の背後を悠々と奪取する。


 『避ける』という行動の奥深さを俺は迷宮探索を始めてから知った。無理に避けたらさらに苦しくなるのは自分自身。けれど完璧に避けられた場合、もはやそれは防御策ではない。適切な回避行動は、次の攻撃のための起点となる。


 金属バットをまっすぐに振り下ろす。無防備に晒された弱点である白い頭に。またもやクリーンヒット。だがこれでも倒し切れない。傷つきながら、血を振りまきながらも、血に飢えた怪物は振り向いて包丁を向けようとしてくる。


 だが、そうはさせない。追撃の横薙ぎ。狙いは首。赤い点滅の中心を打ち砕き、今度こそトドメを刺す。


 この間30秒足らず。獲得した1400ポイントを力に500、器用に900を振り分けた。


 さあとうとう追いついたぞ。その力。俺は格上の怪物と迷うことなく正面から打ちあえるようになった。 


 ただ忘れていないけない。向こうは刃物。こっちはバット。当たったら重傷を負うのはこっちだってこと。


 でも追いついたという事実に興奮してアドレナリンが出まくっていた俺にはそんなことは関係ない。


 もっとポイントを。


 もっと力を。


 もっと速さを。


 もっと正確に。


 もっと長く。


 もっと強く。


『弱点看破』はとうに見抜いている。目の前のグールが右腕を庇っていることを。気持ち少し多めに右側への打撃を多くした。


 力は互角。


 負傷状態は俺が優勢。


 もちらん拮抗はすぐに崩れる。そのまま腹部を打ち抜き、煙に変えた。


 あと20秒。少しやり過ぎたか。20体以上のバーサーク・グールが一気に殺到してくる。まだ『超反応』は使えない。俺は後ろに下がりつつもあくまで正面から迎え撃った。さすがに全部の攻撃を一度にはさばききれない。身体の芯をとらえてくる攻撃だけを撃ち落とし他は無視する。致命的な一撃は『パワーウォール』で止める。肉切り包丁が徐々に深く、だんだん多く俺の身体をとらえ始める。



「ぐぁッッッ! 」



 血が舞った。肉片が飛んだ。痛い、というか熱い。えぐられる場所、身体中に散った数千箇所の裂傷全てが、やけどしたみたいに熱を持つ。全身が沸騰する。感覚が破壊される。けれどこの痛みや出血さえ俺は力へと変えられることを知っている。【自動回復】はより早く、よりよい精度で傷を癒していく。


 もちろんこっちもやられっぱなしじゃない。血肉に誘われて雑につっこんでくるバーサーク・グールの弱点を的確に抉り、地面に落ちた肉切り包丁を【念動魔術】で飛ばして、煙に変えていく。




 そうして長かった60秒は終わった。視界は正常。弱点はもう分からない。さっきのような情報的有利を押し付けるような戦いは不可能だ。



「持久力に1600……」



 その最中で残りのポイント全て持久力に突っ込むこと。これが何を意味してるか、この白い怪物達には分かるまい。


 この時、『一階層』を攻略するための俺のステータスは完成した。バーサーク・グールを『弱点看破』なしに圧倒するための最後のピース、無尽蔵な[体力]を実現するための布石は、まさにこの瞬間に手に入った。



「いくぞ……? 」



 そこからは一方的だった。


 力で押し潰す。ポイントを持久力へ。


 速さでぶっちぎる。ポイントを持久力へ。


 器用さで雑な攻撃の隙を抉る。ポイントを持久力へ。


【念動魔術】で逃げる者を切り裂く。ポイントを持久力へ。


 大量消費と同時に、底なしに増え続ける[体力]。無限に戦い続ける俺にバーサーク・グールは明確な恐怖の感情を示していた。


 数分後。俺のレベルが72になると、バーサーク・グールを倒した時のポイントが100を下回った。この時『狂獣の落とし穴』第1階層は中央に開いた大穴と黒い煙の残滓以外に何一つ残されていなかった。


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