恐怖の使い方
あれから膨大な時間が経った今になっても夢に見る。
生まれて初めて経験したダンジョン【四色の迷宮】でのことを。
あの日に抱いた絶望を。
あの日に感じた苦痛を。
あの日の心を支配した孤独感を。
初めて経験することになったそれらの圧倒的な悪感情の数々を忘れたことは一度だってない。ダンジョンをいくら攻略しても、数多のモンスターを打倒したとしても記憶が薄れることはない。忘れようにも忘れられない一種のトラウマの一つとしてこの瞬間も心の奥底に突き刺さり続けている。
だけど、この心的外傷は俺にある一つの教訓をもたらしてもくれた。
もしも死とは無縁のただの高校生のままだったならば、もしも一度も危機というモノを経験せずに強くなってしまったのなら、絶対に得ることのできなかった知見。それは――『恐怖』という感情こそが他人に最も大きな影響を与えることの出来る因子であるということ。
他人のことなど何一つ考えないような人でなしでも。
人間を人間とも思わないような快楽殺戮者でも。
まともな会話や説得が一切通じないような異常者でも。
親愛や友情というものを知らないモンスターでさえも。
自らの最期を想起させる――『死』や『破滅』の恐怖からは逃れることは出来なかった。
例外はない。【四色の迷宮】と同様に俺の夢の中で何度も登場して来る倒してきた敵の最期の表情は、そのどれもが顔を盛大に引きつり、中には悲鳴に似た断末魔を上げてるモノさえいた。
またそこから派生して、誰かに恐怖を与える上で一番効率的な方法は『圧倒的な力の差』を知らしめることも分かっている。
[力]には[力]で、[速さ]には[速さ]で、【魔法】には【魔法】で。彼我の埋めがたい差を見せつけることこそが唯一絶対の近道であること。
それを俺はこの身を持って学んできた。
「残りは……8人」
だから否定する。これまでの数十時間の間に、嫌って程目にして来たコイツ等のやり方を。
手段を選ぶことの無い予告なしの先制攻撃を。
情け容赦のない圧倒的な蹂躙と破壊を。
無差別で理不尽な侵略を。
そのどれもが俺の記憶に針のように突き刺さった幾つものトラウマをチクチクと刺激してくるのだから……見過ごせ無い。見過ごせる筈がない。
そして一度見過ごさないと決めたなら、俺は容赦しない。
「残りの連中も……全員が全員……揃いも揃ってレベル100を超えてやがるな……」
たとえコイツ等にどれほど深淵な事情があったのだとしても。どれほど大局的な視点があったのだとしても。どんなに巧妙な目的があったとしても。無差別に『恐怖』を振りまくコイツ等を俺は許さない。
出し惜しみはせず、手を抜かず、本気で叩き潰す。
「……いいだろう。かかってこいよ。今度は全員まとめてぶっ倒してやる」
たとえそう……俺自身がコイツ等に『恐怖』を押し付ける側になったとしても。
たとえ過剰なまでの理不尽さとトラウマを俺が押し付ける結果になったとしても。
たとえここで俺が戦うことそのものが筋書き通りのシナリオだったとしても。
たとえ俺の戦いの一部始終をずっと見ている『第三者』が居たのだとしても。




