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上級迷宮(ダンジョン)

 日付は変わって日曜日の早朝。例のごとく俺は近所の歩行者専用トンネルに来ていた。


 ここは住宅街のど真ん中だ。日曜の朝ならばそれこそ多くの人が朝の散歩やジョギングをする。だけど昨日よりも1時間早い朝5時前にもなると誰一人いない。この時間帯なら『高校生が血まみれの傷だらけ』で歩いていても通報される(・・・・・)可能性はグッと低くなる。


 最悪のケースを想定した上での、この時間にするという判断。


 結果的に正しかったと思う。



「さて……忘れ物はないな……? 」



 最後に持ち物の確認をする。


 左手の指にハマっているのは耐久力を大きく底上げする『奇縁の指輪』。手には昨日の夜にもう一度『強化剤』に『漬け』ておいた1万円以上する金属バット。半身を守ってくれるのはいつもの防具。背中の小さなリュックの中には最低限の食料と最終手段の『能力増幅剤』が入っている。


 必要なものはあと一つだけ。ポケットの中をまさぐり『それ』を取り出した。


『魔王の鍵』。これが俺を『上級ダンジョン』、ひいては成長限界の向こう側へ連れて行ってくれるはず。問題だった使用方法については昨日で解決していた。頭は自然と半日以上前の記憶を追い始める。




 最初はこんなことを考えた。この【鍵】をどこかの壁にさえ触れさせれば『魔法の入口』が出現し『上級ダンジョン』に行けるんじゃないかって。なんともファンタジックな想像。試してみるとそんなことは無かった。


 その後も様々な方法を家の中で実際にやってみたがどれも外れだった。俺はその時、悪い想像をし始めていた。もしかしてこの『鍵』は異世界のイタズラやジョークグッズの類なんじゃないかって。まんまと引っかかったんじゃないかと。


 思わず落ち込みかけたが、ふと思い付く。上級迷宮(ダンジョン)と言っても迷宮だ。迷宮へ行くのにはそもそもトンネルを通して行くルートしか俺は知らない。なら上級迷宮への道をつくるこの鍵もトンネルで使うアイテムなんじゃないかって。もうこれ以外は見当もつかない。最後の賭けだった。




『剣士の迷宮』、『魔犬の迷宮』からの脱出を果たした俺にとってその日3度目のトンネル通いだった。戻って来て確認してみると『魔犬の迷宮』の『開』の文字が残ったままになっている。多分、攻略される前に脱出すると壁に『文字』がそのまま残る仕様なんだろう。俺にとっては好都合だ。期待に胸を膨らませて文字に鍵を近づけた。




 意識は現在に戻る。昨日やったように鍵を文字に触れさせると、昨日とまったく同じ小さな変化が生じる。『開』の文字の横に現れたのは小さな黒い点のような記号。一瞬ただのシミにも見えるが俺はそれが『鍵穴』であることを知っている。


 昨日やったのは穴に鍵を入れる寸前まで。ここからの工程は今日のためにとっておいた。意を決して『魔王の鍵』をトンネルの壁の穴に突き入れる。すると鍵は壁に弾かれることなくスルリと差し込まれた。


 とうとう正解を引き当てたことに小さくガッツポーズをし、俺は興奮を抑えるために一度深呼吸をした。


 さあここからが本番だ。多分、今から行く『迷宮』は間違いなく過去最高に過酷なものになっているだろう。思い出すのはつい昨日の『剣士の迷宮』でのこと。縦穴に落ちた後の俺は何もすることができなかった。俺にとってあれは既に一つのトラウマになっている。だからこそ俺は『上級ダンジョン』に入る必要がある。俺は知っている。トラウマを長引かせないためには、この外傷を負った直後の段階で一刻も早く解消する必要があるってこと。理不尽に負けない、どんな事態にも対処できる強さを手に入れるためにはこの荒療治を乗り越えないといけない。



「よし……いくぞ! 」



 鍵は穴に入れた後に回すもの。再度腹をくくった俺は鍵をもったまま手首をひねる。

 

 耳にやたら大きく響くガチャリという音。鍵と『開』の文字が発光と放電をし始めたのは同時だった。次第にいつものように、グラグラと地面が揺れ始め、空間が歪んていく。


 その際、今までで最大の歪みを感じたのは気のせいか。それともこれからの『迷宮』の過酷さを物語っているのか。だけど覚悟はできている。危険は承知の上。


 一度瞬きをした。ゆっくりと冷静に。冷たい空気と薄暗さを感じて、すぐに理解した。そこはもう大和町ではないことを。



「ギャッギャギャギャギャギャギャギャ! 」



 遥か下から何か耳障りな音が聞こえる。今いる場所は壁も天井も地面も近所のトンネルで間違いない。ただ、数m先の入口からの光景は何やら見たことの無いモノになっていた。


 ゆっくりと歩を進めて淵に立つ。その時初めて俺は『上級ダンジョン』の全貌を視界にとらえる。


 俺は──絶句した。


 あまりに目茶苦茶な光景に。その悍ましさに。理解しがたさに。


 トンネルは直径100mは有りそうな縦長の円柱の巨大空間の側面におまけのようにつながっていた。深さはちょっと推測することすらできないほどに深い。さきほどの声の主は────いや主達(・・)は底に溜まっていた。


 人間とトカゲを合成させて腐らせたような2m超えの身体。血管が浮き出た毛の生えてない白い肌。虚ろな黒い目。大きな口。そして手に持った大きな肉切り包丁。『Lv.70バーサーク・グール』。その大群。少なくとも100体以上。


 タイミングを見計らったようにダンジョンの名と説明が目の前に表示され、突きつけられた情報に俺は再び息を呑んだ。



『上級迷宮(ダンジョン):狂獣の落とし穴


 全3階層で構成される迷宮。それぞれの階層で指定された

 条件を達成すると下の階層に進むことが出来る。


 第一階層突破条件:バーサーク・グール 60体以上の討伐

 第二階層突破条件:バーサーカー・ナイト 20体以上の討伐 

 最終階層攻略条件:   ???の討伐           』 


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