迷える双子
『全て』が一瞬の出来事だった。
いつの間にか一人で決闘を始めていた第九位が撃墜されたのも。
誰よりも早く逃走に転じた第八位が、集団から少ししか離れていない海面に叩きつけられたのも。
金属バットを持った少年が犠牲者たちに目もくれず、生き残りをジッと見つめてきたのも。
「Scatter! 」
しかし流石はトップランカーの集団、与えられた0コンマ1秒にも満たない刹那の間で、戦闘態勢を整えることには無理やり漕ぎつける。
少年を囲い込むように展開したトップランカーの身体から噴き出した魔力は東京の海を荒れたたせ、空に暗雲すらも立ちこませていた。
一方の少年本人はと言うと感情の読めない無表情のまま。トップランカーのうち二人を瞬殺したことに増長するわけでも誇るわけでもなく、自然体を崩さなかった。
((まあ分かってたよ。この程度の脅しが効くタマじゃないよね……この子は))
少年の泰然自若な態度を見て、そう内心の独り言を同調させるのは上位ランカーの中で唯一血のつながった二人組、【同率6位】リュミエール姉妹だった。
セシリア・リュミエールとクロエ・リュミエール。
広いEUホルダー界隈においてこの二人の名を聞いて『知らない』と答える者は一人もいない。それだけのインパクトを彼女等はこれまで世界に継続的に残していたからだ。
例えば『公式記録最速の[敏捷力]ステータス100万到達』。
例えば『世界最速のダンジョン攻略数100万突破』。
例えば『公式記録初の上級ダンジョン発見と攻略』。
例えば『ドロップアイテム発見数世界一位』。
例えば『最年少女性トップランカー』
例えば、例えば、例えば、例えば……このように事例を挙げていけばキリが無いほどの燦然と輝く数々の功績を姉妹は手にしていた。
だがこの二人を説明するにあたって最も重要な部分は、血のつながった姉妹――それも一卵性双生児であることを利用した息の合った連携を行うホルダーであることだった。
栗色のウェーブのかかった髪に灰色の瞳とという全く瓜二つの美しい容姿をしている双子姉妹はステータスでさえも瓜二つ。レベル167という数値、100万を超える[敏捷力]と比較的低くなった[耐久力]、ダンジョン探索とモンスターとの戦闘に重きを置いた【スキル】と【魔法】、そのスキルレベルと保有している経験値に至るまで。
まるで鏡写しにした同一人物のように揃えられたステータスは本人たちの発言によると『自然とそうなってしまう』のだと言う。
そしてリュミエール姉妹はトップランカーでは珍しくパーティーを組み、助け合い、自分たちをトップランカーの高みまで押し上げることに成功したのだった。
(どうするクロエ? )
(セシリア。私は少しこの状況を静観したいかな)
(……そう言うと思った)
(どうせ、そっちも同じこと考えてたんでしょ? )
言葉を交わさずと意思疎通が出来る二人は少年の様子をふざけつつも観察する。一瞬でも目を離せばすぐにでも倒されてしまうような圧を双子姉妹は感じていたからだ。
(……ディビッドに倣う訳じゃないけど……ここら辺が潮時なのかなー? )
(……うん。なんかこの作戦……全体的に思っていたのと違ったしね)
(そうそう。聞いてた話と全然違うんだよー。皆ピリピリしてるし)
彼女等はホルダーだ。危険を承知でダンジョンに潜り、モンスターを倒して収入や名誉欲を満たしている荒れ事に慣れ切った人種であることに間違いはない。
しかしそんな二人にも良識は残っている。
よっぽどの事情が無ければホルダー同士の諍いには関わろうとしなかった二人がこの作戦に参加したのは、危険な思想を持ったテロリストであることが判明した日本の順位持ちを叩くという名目だった。そして実際に戦うとこになったのは……とても反社会的思想を持っているようには見えないような秩序のあるホルダーたちばかり。
『これでは話と違う』というのが双子の言い分だった……のだが。
二人にその勇気はなかった。
二人には到底不可能だった。
「少年よ。たった一人で我々の前に来て良かったのか? 本当に良いのか? 仲間を呼ばないで? 」
「ふふふ……ボーヤはもしかして死にたがりなのですか? 」
「勇敢と蛮勇は別」
(うーん……これは……)
(『もう抜けます』なんて言い出せる空気じゃないね……)
良識の他に常識をも持ち合わせていた双子が一触即発な空気を切り裂くような発言をするのは。




