侮っていたのは……?
世界順位一位が突如発した撤退号令に対して、他9名の上位ランカーたちが示した反応は二種類に分けられた。命令の意図を理解できた様子をかもし出す者とそうでない者にである。
「おい……このオレが納得できる理由をちゃんと説明してくれるんだよな? 」
第9位【決闘勇士】ブルーノ・ジェルヴァジェロは後者の一人だった。他人に興味を示すことのない寡黙な第一位が珍しく口にした指示の意味を汲み取れず、激しく困惑して……終いには怒りに打ち震えてさえもいた。
ブルーノがここまで激しい感情を示す理由、顔を引きつらせる所以、それは彼が最も忌み嫌う――『他人から侮られたこと』に原因があった。
ブルーノ・ジェルヴァジェロ――Lv.155。
全世界で数千万人を超える専業ホルダーの頂点『上位ランカー』の一人であり、母国では名を知らない者がいないほどの有名人である。
『ユーロで最も美しい男性ホルダー』
『対人戦千勝無敗』
『一万の愛人を持つ男』
『ダンジョン連続攻略記録保持者』
『今年の被殺害予告数ランキング堂々の第一位』
元・人気俳優で現・国内最強ホルダーという稀有で特殊な経歴を持つブルーノにまつわる逸話や特徴はこうして挙げて行けば枚挙にいとまがない。
だがしかし。ブルーノのパーソナルな要素の内、最も知られているのはやはり『爆薬庫』と呼ばれる謂れでもある異常なまでに激情家な一面である。
初等学校を卒業しても。
酒が飲める年齢になっても。
カメラの前での仕事を始めた後も。
常に冷静さを求められるホルダーになってからでさえも治ることのなかった生来の怒りっぽい性格は彼の人生に数多の影を落とし、そして幾つかの『福音』をもたらすことになった。
「なあ教えてくれよ。我らが【覇王】サマよぉ……こんだけ頭数が揃ってんのにわざわざ海上まで引いたのは一体どういう理屈なんだよ? もしかしなくても……俺のことを舐めてんのか? あんなガキ1人にも勝てねえって思われてんのか? ふざけてんじゃねえぞ!? 」
その内の一つがこの負けん気。
気に入らない相手にはすぐに喧嘩を吹っ掛けることでブルーノは他のホルダーの追随を許さないほど多くの戦闘経験を積んだのだった。
「……」
「そうかよ。ダンマリかよ。そっちがそう来るなら俺にも考えがあんぞ? 」
「ねえブルーノ。……少しは落ち着きなって」
「あまりぐちゃぐちゃ騒ぐな。見苦しいぞ」
「うるせえ! 俺は俺のやりたいようにやる! 今までも! そしてこれか――――」
二つ目の事例として挙げられるのは怒りを力に変えるスキル【怒気高揚】。ブルーノはこの【スキル】によって怒れば怒るほどにステータスが激上し、感覚が冴えわたる特異体質を得ているのだ。
(――ッ!! 見つけたッ! あんなところに! いつのまに! )
その能力の上がり具合はこのように、はるか遠くに見えた『とある少年』の姿を、この場に集まったあらゆる強者たちに先んじて捉えられる程度のものである。
(わざわざオレ様に倒されに来たってか? 思ったよりも殊勝な奴だな! )
「【闘技場】! 」
さらにもう一つ。激情的な性根の利点として挙げられるのは彼の思い切りの良さ。思い至ったらすぐ実践するブルーノの行動に迷いがあったことは一度も無い。
現に『視界に映る1人を自分を異空間へ無理やり引きずり込む』スキルをファーストブラッドに対して発動させることに躊躇いは一切ないのだった。
「……ここは? 」
「安心しろよ、ファーストブラッド。仕組みはダンジョンの時と同じさ。ちょいと異空間って奴に俺達2人だけを移動させただけだ。この空間自体にはお前を害する種も仕掛けは何にもねえよ。ただここから出るには……このオレを倒さなきゃなんねーってルールが一つだけあるだけだ」
「なるほど。まんまとそっちのペースに乗ってしまったのか」
(気に入らねえな。こんな状況でも眉一つ動かさねえってか? 魔力の一ミリたりとも温存して漏らさねえってか? 俺なんて取るに足らねえ雑魚だってか? )
「……わかったんならさっさと始めようぜ。今度は誰にも邪魔されねえ。俺とお前だけの決闘を」
「……」
(ああ……! 本当に気に入らねえぇ! その上から目線も! 余裕綽々の表情も! 何が伝説だ! 何が『金属バット』だ! 実際にお前の力を見た訳でもねえ雑魚共からおだてられてるだけのガキのくせによぉ! )
「【拳闘術】……【決闘術】……【軍用体術】」
「……」
(この俺が直々に試してやる。頭の上に掲げたレベル240って数字に本当に見合った実力なのかを! ウワサの伝説って奴が本当なのかを! )
「『天轟拳』! 」
(出し惜しみはナシだ……食らえ……全力の怒り100パーセント! )
このようにブルーノは自身の中で怒気をあえて強めさせることで能力を強化して幾多の戦いに勝利して来た。特に戦う前から侮ってくるような相手に対して。 侮蔑されることを最も嫌う男は、トップランカーである自分を前にしてもなお少年が本気を出していないことを克明に察知していたのだ。
……しかしブルーノはこの後、思い知らされることになる。
「なッ……!? 」
(正面から受け止められたッ!? )
「今のが……本気? 」
「んなわけ……ねーだろ! 『辺獄』ッ! 『氷獄』! 『煉獄』! 」
(焦るな……落ち着け……まだ拳を止められただけだ。前足ミドル、左右ワンツーからのローで構成された必殺のコンビネーション……ダンジョンの岩盤を何層も簡単にぶち抜けるコイツなら……! )
「ふっ」
「……クソッ! 」
(こっちの渾身を……一息で完封してんじゃねえよ……)
「次は? 」
「『炎獄』ッ! 」
(ラッシュは無駄。軽い攻撃は簡単に防がれる)
「次は? 」
「『天極』! 」
(絡め手も効果なし。重心を崩そうにもこっちから触れることも出来ねぇ……! )
「次」
「……『カイーナ』! 『アンテノーラ』! 『トロメーア』! 『ジュデッカ』! 」
(ゴリ押しは不可能! いくら技を重ねたとしても全て対応される! )
「次」
「…………『至高天』ォォオ゛!! 」
(そして奥義でさえも……通じない……)
「……はぁ? 」
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ”……」
(嘘だろ……。まさか、このガキ……この強さで……)
「これで……終わり? 」
(補正無しの……素……なのかよ……! )
……本当に相手を侮っていたのは、果たしてどちらであったのかを。




