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『迷宮』に関する一つの考察

 考えたところで納得できる答えの出ないであろう問いを自分自身に突きつける。


 いつだ? いつ俺はこんなモノを? 分からない……。全く思い出せない。身に覚えも当然ない。誰かが置いていったとも考えられない。だけどそこにはそれがある。


 いや……マジでなんで……?


 どういうことなんだ……これ?


 しばらく唸ったところでやはり結論は出なかった。そこでようやく俺は思考を切り上げる。何でこれがここにあるのかは考えても仕方が無い。こんなことで時間をつかってる暇はない。今、重要なのはこれがどんなもので、どう使えるのかだ。


 一つ息をついて、動揺を抑え込む。的確な分析を行うには何よりも冷静さが必要だ。


 パット見た説明で気になる部分は幾つかある。まずはそう、鍵の名前にもついたこの文言……。


 "魔王"


 ゲームやアニメなどの映像作品に少し疎い俺でも分かる。魔王と名付けられた連中が弱かった試しがないこと。最後の敵、ラスボスと呼ばれる存在であること。

 

 どうやらそれがあちらの世界では複数体いるらしい。それもあのダンジョンをぶった斬った剣士のようにレベル100以上の。



「……」



 ……それも考慮するとこの『上級ダンジョン』という言葉の響きも違って聞こえてくる。何をもって、上なのか。俺が今まで潜ってきたダンジョンは下級なのか。中級なのか。もしかしたら出てくるモンスター全てが『レベル100以()』という意味を込めての"上"級なのか。



「……ハハハ」



 まったく笑えない想像だ。さすがに尻込みしたくなってくる。


 まあ、嫌な想像はこの辺で切り上げるとして、そもそも使用方法が分からないのも問題だ。この鍵を入れる穴は一体どこにあるのか? 探す必要があるのか? 低レベルな俺の【鑑定】スキルじゃ不親切な情報しか手に入らない。検証が必要だ。調査が必要だ。


 ただ『鍵』について色々調べる前に俺には『やるべきこと』が一つある。






 再びやってきた近所の歩行者専用トンネル。約5時間ぶりの対面だ。


 今は土曜日の午後の良い時間帯。人通りもそこそこ。近所の目もある。だけどいてもたってもいられない。まずこれを調べてからじゃないと俺のダンジョン生活は始まらない。


 まるで落書きの清掃をしにきましたっていう顔をしながらトンネルの壁を舐めるように見つめる。目的のモノは自分でも驚くほどにあっさり見つかった。新しい『開』の文字、新たな『迷宮』への扉。


 体力は十分だ。技と魔術で消費した魔力も回復した。負傷はどこにも見当たら無い。


 スマホの時計を確認する。現在の時刻は14:20。そのことを頭に入れた後に俺は文字に手を伸ばした。




「『魔犬の迷宮』ねえ……。構造は4階層で上がゴール……今は2階か」



『迷宮』内に接続された歩行者専用トンネルの穴から出ると、そこには今までで一番ファンタジックで野性的な光景が広がっていた。一言でいうと"自然あふれる地下の炭鉱"。アリの巣のように張り巡らされた細い通路がこのダンジョンではツル性の草や木や花で所狭しと覆い尽くされている。


 そんな大自然をかき分けて悠々と闊歩するのはあの見慣れた『ハウンド・ドッグ』達だ。



「レベルは……10が最大か……こりゃあガッツリ外れだな……」



 間違いなく今の俺のレベル帯には全く美味しくないダンジョンだ。普通ならボスが歯ごたえのあるポイントが稼げる高レベルなことを祈って妥協して進むところだが今回の目的は経験値(ポイント)じゃない。



「えーっとあれが上層に行く上り階段だから……こっちか……」



 逆走する。ダンジョンの奥に背を向ける。脇目も振らずひたすら下へ。もちろんハウンドドッグは俺を見逃してくれるわけじゃない。正面から飛びかかってくる。


 もはや懐かしさすら感じる迷宮の番犬の挙動に足は止めない【念動魔術】を片っ端からお見舞いし、降りかかる障害をはねのける。予想違わず、必死で鍛えた俺の[魔力]の圧にハウンドドックは一撃も耐えられなかった。


 さらにもらえるポイントに関しては予想すら下回った。まさかの0だ。倒した前と後で何も変わらない。これだと本当に時間の無駄だ。俺は自分でも気づかないうちにだんだん小走りになっていった。【疾走】スキルは使わないものの気分はマラソン大会だ。


 第1階層に到着すると異世界人とすれ違い始めた。気のせいか? すれ違う人全てが初々しい表情をしている気がする。


 ……まずいな。『剣士の迷宮』ではそうやって油断したばっかりだ。気を引き締めて、やれることはやっておかないと……!


 マナー違反かもしれないが俺はステータスを盗み見た。誰もが一桁~10前後。やっぱりここは初心者向けダンジョンのようだ。俺も『五色の迷宮』じゃなくてまずはここが良かった。まあ今言ってもしょうがないが。



「おいおいもう逃げ帰っちまうのかよ? 情けねえなあオイ? 」



 すれ違いざまに声をかけられた。見るとそこには全体的に若そうな集団が一つ。声を発したのは集団の先頭の男。銀ピカの全身鎧を纏っている。歳は俺とあまり変わらないだろうか?



「どうした? 恐ろしくて声も出せねぇか? 」



 いきなりだが俺の住む大和町は平和な街だ。不良なんて見たことが無いし、カツアゲも、絡まれたことももちろんない。だから俺はびっくりした。まさか初絡まれが異世界のダンジョンの中でなんて。ただその時の俺はなぜかとても気が急いでいた。それに人殺しに追いかけまわされた心的外傷も癒え切ってなかった。だからか。自分でも後ほど反省してしまう程に変な煽り方をしてしまう。



「もしかしてお前等も経験値(ポイント)狩りか……? 」


「俺をあんな腐った底辺と一緒にすんな! 俺を誰だと思っている! いずれ英雄になる男だぞ! 」



 どうやら頭を中心にしたあの集団は一般的には底辺と呼ばれているらしい。まあそれもそうだ。私利私欲のために人殺しをする連中を称賛するような世界じゃなかっただけ安心だ。



「そうか……なら俺は急ぎの用事があるから。じゃあ、またどこかで……? 」



 何度も言うがこの時の対応は失敗だった。全く人のあしらい方に慣れてない。あまり刺激しないようにして、そっけない態度をとってしまい、かえって向こうの怒りを煽ってしまった。



「てめえ……あまり俺を……舐めんじゃねえ! 」



 結果、無意味な小競り合いは勃発してしまう。


 驚く俺に構わず、殴り掛かろうとしてくるリーダー格の男。殺意はない。避けなくたってそれほどの外傷にはならない。わかっていた。そんな初歩的なこと。でもとっさの反応で使ってしまった。


 人間に。『パワーウォール』を。



「が……ぐっ……か、から……だ……が……うご……」


「おいアンタ一体何を……! 」



 リーダーが突然『不可視の壁』に上かから圧し潰されたことで、血相を変えて駆け寄る仲間たちに、じゃあソイツ最初から止めとけよと愚痴りかけつつ俺は説明してやった。後ろ歩きのまま歩みを止めずに。



「安心しろ。あと6秒ぐらいで動けるようになるぞ……3,2,1、ほら」



 始めて呼吸をしたように草原に突っ伏して息を荒く吸うリーダーの男。でもそれ以外は体に不調は無さそうだ。脅しはこれで十分。俺は安心して正面に体を向きなおして歩き始める。


 もう後ろは振り向かなかった。




 異世界人という存在を知ってからずっと考えていた。彼らは『迷宮』にどうやって入ってくるのか、と。なぜ専門家であるリューカに聞いておかなかったんだという後悔は常についてまわるが、後悔先にたたず。過ぎ去った過去を気にしてもしょうがない。


 話を戻そう。俺が出した推測は単純で、出口と言うか入口があるということ。そして実際、俺は5度目のダンジョン探索にしてようやく"入口"をこの目で見た。



トンネル(・・・・)の穴みたいだな」



 それが最初に得た正直な感想だった。


 高さは3mくらい? 幅は4mはあるかという大穴。何か靄がかかっていて向こうの様子は分からなっている。



「よし……」



 さて本題はここからだ。俺の予想だとこの先に行くと現実へと帰還、歩行者トンネルに時間経過もほぼなく戻るはず。考えられる他の可能性としてはこのまま異世界を体験してしまうというゾッとしない考察もあるがこれ以上はもう試してしまった方が速そうだ。



「……行くぞ! 」



 覚悟を決めてから数秒後。俺は霧の中へと思いっきり飛び込んだ。すると集まってくる。白い何かが。広がった靄が。まとわりつくように。覆いかぶさるように。


 次第に靄と体の境界がはっきりとしなくなる。そして空間は歪み始めた(・・・・・・・・)


 瞼を一回動かすともうそこは慣れ親しんだ近所のトンネル。スマホの画面を見ると時刻は前に見た時と変わらず14:20。全てが予想通りだった。


 喜びの叫び声を上げそうになったが自重する。今はかなり人が多いことを思い出したから。


 けれど家までの短い帰路の間は内心、興奮しっぱなしだった。短い間に二度も初めての経験をしたから。まあそれは置いておくと『もしもの時のための迷宮からの脱出方法』はこれでもう分かった。目立った懸念はもうない。


 その時、俺は決意した。『上級ダンジョン』に入ってみることを。


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