純粋な魔術師
アーナヴ・マヒンドラは『純粋な魔術師』だ。
[力][敏捷力][耐久力][器用]などといった【魔法】に関係の無いステータスを上げることに興味が無く、ただただ[魔力]のみを上げることに固執していた。
彼の持つ【水冷魔術】【岩石魔術】【突風魔術】【火炎魔術】は、いわゆる『属性魔法』と呼ばれる魔法の基礎となる概念で、それらを収め極めたアーナヴは世界順位14位の高みへと至る実力を手に入れていた。
アーナヴは言う。
『たとえ人類の敵であるモンスターが相手だろうとも自分の手で「殴る」「蹴る」なんて行為は野蛮過ぎる。君たちはそんな真似をして恥ずかしくないのか? とても私と同じ現代人とは思えんな』――と。
もちろんアーナヴも身体性能に関する[魔力]以外のステータスを一切強化していないわけではない。ただただ必要最低限の数値にとどめ続け、他ホルダーが持つ超人的なパワーを持とうとはしなかっただけ。
しかし何故アーナヴがそこまで強い身体を持つことを拒否するのかは、彼の思想の部分に関わって来る話……今は一時的に割愛する。
さて、魔力のみに経験値を使うという行為は全員の予想通り『いばらの道』だった。なにせ一般人に毛が生えた程度の身体能力しかないのだ。ほんの少し爪が掠っただけで、ほんの少し牙が接触しただけで、魔術師にとっては致命傷になってしまう。
アーナヴがホルダーとして生き残るには工夫が必要だった。自分には一切傷をつけず、敵を一方的に殲滅するための、何らかの工夫』が。
ここで運が良かったのはアーナヴが馬鹿では無かったという事。彼は考えて、分析することが出来た。
自分に必要な能力を。
自分に足りないモノを。
アーナヴはホルダーになって以降数十万のダンジョンに潜り、研鑽を重ねた。そして、そんな修羅の道を自ら歩み続けたアーナヴは結果として『世界最高級の魔力操作』と『世界最硬の防御魔法』……そして『100万に届く[魔力]』を手に入れた。
そんなアーナヴが日本に来た理由――それは参加報酬やランカーと戦うことに興味があったわけではない。
彼は会いに来たのだ。
【魔法】を極めた自分が『最強』ではなく『純粋な魔術師』に甘んじることとなった理由でもある、世界順位『2位』の【世界最強の魔術師】に。
普段はめったに人前に現れようとしない【最強】が日本で行われることとなったこの『作戦』に参加することを聞きつけて。
(なんなんだコレは……? )
だからこそ、アーナヴは現在自分が置かれた状況に対して、呆れの声しか出なかった。
自分よりも明らかにレベルが低い人間に対してまるで自らの強さを誇示するような過剰攻撃を加える『同郷の戦士』の姿を見て。
(恥ずかしい……こんなところを『2位』に見られると考えたら……)
二の腕にたった鳥肌をアーナヴが抑え始めたその時――。
「――ッ!? 」
――ここに居る唾棄すべき存在とは比べ物にならない程に強い魔力の波動を感じた。
(これは……とうとう来たのか!? 『2位』が!? )
アーナヴは驚いた後に、歓喜する。
ずっと接触を求めていた存在にとうとう会えると分かった『純粋な魔術師』の顔は、まるで誰かに恋焦がれる乙女のようだった。
だが――。
「ん? 」
アーナヴはその瞬間、強い違和感を覚えた。
この作戦に参加している『2位』は一時的ではあるが、自分の仲間であるはずだ。
なのに何故か。
何故かこの強力な魔力には殺意がこもっている。
「これは……? 」
「『反転放出』――『蒼き龍神の焔』」
直後、『純粋な魔術師』は知る。
世界の広さを。
魔術の奥深さと深淵を。
ホルダーが至りし極致を。
そして本当の『世界最強の魔術師』の存在を。




