その一方で
真っ昼間。
どこかの森の中で。
男が二人話をしている。
「これからどうするよ? なぁ、蕪木? 」
「どうするって……何がだ? 」
「もちろん……このクソッたれな状況をどうするかってことだよ。電波は通じない。食料はもうすぐ尽きかける。だっていうのにこの場から一歩も動けないなんてよ。ナニカ名案はねーのかよ? 」
「言っただろ? 江野田マサヒラ。追手の眼が厳しい今は動くべきではない、と。言われた通り大人しくしておけ」
「でもよぉー! お前も分かってんだろ! 『このこと』を誰でも良いから早く伝えねーとヤバイことになるって! 」
「声を少し落とせッ。気づかれるぞっ」
2人の雰囲気は険悪と言うほどではないが、あまり良くも無い。一見では木陰に隠れて休憩中といった様子だが、彼らの表情には緊張と疲労の色が濃く表れてもいた。
「すまん……」
「……分かればいい」
「でもよー。こんなとこまで逃げて来たっていうのに少し気にし過ぎじゃねーか? 奴らそんなにしつこくねーって」
「江野田マサヒラ……お前は俺のことをどれだけ失望させるつもりだ? お前をクラン総出で勧誘していた我々『GCA』の顔にそれ以上、泥をぬらないでもらえるか? 」
「は? なんだよ? ケンカ売ってんのか? 少しなら買うぜ? 」
「良いか? よく聞いておけ。我々の命を狙い――いや日本を攻め落とそうとしてる相手はだな――」
「わーってるって。某国特殊部隊や暗殺部隊。諜報機関から超有名民間軍事会社まで。全員チャンネルがあった保持者になって何故か日本に乗り込んで来てるって言いたいんだろ? もう何回も聞いたぜそれ」
「確かにそう説明したな。だが一番怖いのはソイツ等じゃない」
「へ? 」
「確かに彼らプロフェッショナルの戦闘能力は驚異的だ。去年までは闘いとは無縁の生活をしていた一般人だった我々が持つ付け焼刃で小手先の技術では到底太刀打ちできないほどに」
「そうだろ? 」
「だがな。我々は知っている筈だ。『情報収集力』『索敵能力』『継戦能力』『戦闘力』その全てが規格外な平和な日本で高校生をやっていた少年の存在を」
「いや……蕪木お前……それは例外中の例外で……」
「俺も彼の存在が例外であることは否定せんよ。……だがな。ことホルダーの常識に当てはめて考えると……あの少年が頭抜けて最強である理由は良く理解できるんだ」
「……その理由って? 」
「『時間』だよ」
「ジカン……? 」
「どれだけ長くダンジョンに潜っていたのか。どれだけ多くダンジョンを攻略したのか。どれだけの時間をモンスターとの戦闘にあてたのか。聞く限り我々一般的なホルダーと彼とではそこに大きな開きがある」
「ふーん……まあそうかもしんないけどよー。そんな変わるかなー? だってたかだが1~2ケ月くらいで……」
「その数か月でどれだけのダンジョンが攻略可能なのか、お前は分からないのか? いいか? ダンジョンの中では時間の経過が殆ど無いんだぞ? 」
「いやいや……いくら時間はほぼ無制限って言ったって身体は疲れんだろ。多くても一日にせいぜい5,6を周るくらいが限界――」
「10だ」
「……え? 」
「彼は以前ダンジョンを一日に最低10は攻略するようにしていたらしい」
「さい……てい……じゅう!? 」
「信じられんだろ? 俺も最初に聞いた時は愕然としたよ」
「若いからか? いやどんだけ元気だって言っても10は……しかもそれが最低? 」
「まったくあり得ない話だ。ダンジョンに潜ることで生じる疲労は肉体だけではない。追い詰められた時の緊張。薄暗い空間を進んでいく心理的ストレス。モンスター、そして痛みと死への拭い去れない恐怖。戦闘中は絶えず周囲を確認して、思考し続ける必要性だってある。それらのことを考慮すると10のダンジョンを連続で攻略するという話は尋常ではない」
「さすが『ダンジョン内における空間認知能力向上の重要性』の著者。説明がスラスラだ」
「あまりおちょくるな。……それでダンジョンの話だ。なあ江野田マサヒラ。このような『ダンジョンに異常な回数潜る』という傾向はとあるホルダー達に共通で良く見られる特徴なんだが……知ってるか? 」
「いや……? 」
「彼らは我々とは決定的に違う。集中の深度や質からダンジョンから受ける悪影響の全てを塗りつぶすほどの一種の快楽をダンジョンに過ごすことで得ている。論理の埒外。統計の外れ値。集中の質や深度から我々とは異なる、常識の通じない異常者だ」
「ちょっと待てよ! それってアイツのことも異常だって言いた――――」
「いい加減認識を改めろ! 彼の役に立ちたいなどという幻想を捨てろ! 彼らトップランカーたちは――」
「ねえ。その異常者ってもしかして――ワタシのこと? 」
その後、彼らがどうなったのかを知る者は――――……




