寝耳に水
闘いを終えて一息つく。
『龍の炎』を何の準備も無く使ったせいで指先が痛いとか、久しぶりに人を殴ったせいで拳がピリピリするとか、ギリギリ吹き飛ばされなかった天上の破片が落ちてきそうだとか、目に付く気になることは色々あるが今はそんなことどうでもいい。
「さあ、全部説明してもらおうか? 」
見下ろした先に居るのはうずくまって身もだえした男。燃え盛る火の熱さと全身に負った骨折寸前の打撲傷にくぐもった呻き声をあげている。
だめだな。とてもまともな会話が出来るような状態じゃない。
「とりあえず、まずは正体を見せてもらうぞ」
一方的な宣言をした俺は小刻みに震えるフードに手をかけて毟り取るようにはぎ取った。直後、俺はずっと感じていた違和感の正体に気付く。
「なるほどな。お前、日本人じゃなかったんだな」
ホルダー同士の会話は誰かからの気遣いなのか、全て自分が最も親しみ深い言語に自動で翻訳されて出力される。だが翻訳をする上でどうしてもある部分だけは違和感が残ってしまうことはホルダーなら誰もが気づいている。
それは人の名前を始めとする『固有名詞』――これだけは同時翻訳が上手く機能しないのか発音や活舌にそれぞれの言語のクセが残ってしまうんだ。現に、この異国情緒溢れる褐色の肌に黒い髪とブルーの瞳を持った男の『シロモトケンタロー』呼びにもその傾向は現れていた。
「レベル106……エニス・サイード……27歳。わざわざ日本にまでやって来て俺に何の用だ? マサヒラはどこだ? 」
「…………」
「炎は一時的に消してやった。今なら少しは話す気になったんじゃねーか? 」
それから約一分間、沈黙の時間が流れる。中東から来た男は俺と視線が合わない様に目を伏せたまま悔しそうに唇を噛んだまま黙りこくってしまった。しかし、そんな悠長な態度を俺は許すわけにはいかない。こっちはサムライの命がかかっている。
「あまり手荒な真似はしたく無かったんだがそっちがその気なら仕方がない。『反転放出』――」
「わ、分かった! 話す! 全部話すから! 」
やっぱりこの手に限るな。
自分の思考回路が暴力に支配されつつあることを感じつつも、俺はエニス・サイードの言葉に耳を傾けた。
「なるほどな。アンタの……その……【ショウシツマジュツ】だっけ? その最強の【魔法】でマサヒラの持ってたスマホを消し飛ばしたからあんなことになったんだな」
「そうだ」
「そうしてアンタは考えた。狙いをつけていたマサヒラたちは取り逃したけれど、このスマホを使って俺に脅しをかけることは出来るんじゃないかって」
「……そうだ」
「俺がアンタの切り捨てた部下たちに気付けなかったのは……そのわざわざ人数分用意してきた『隠者のローブ』っていうドロップアイテムの力ってことなんだな? 」
「だから『そうだ』といってるだろ! まだ聞きたいことがあるのか! 」
こうして真相を聞けばなんてことは無い。俺はまんまと騙されて、ここまでおびき出されて、俺の『偽装看破』よりも強力な『偽装』に騙されただけってことなんだ。
でも本当に良かった。マサヒラは無事に逃げることが出来たんだな……。無事だということが分かったら今度は連絡を一つも寄越してこないことが少し気にはなるけど……一時的には安心していいか?
「じゃあそろそろ本題に入ろうか。なんで俺に電話をかけて来た? そもそも俺を狙った理由はなんだ? 」
俺が何の気なしに口にした問いかけ。それに対して異国から来た褐色の男は過剰なまでの反応を見せる。
「……もしかして知らないのか? 」
まるで今、耳にした言葉が信じられないとでも言うように。俺の言ってる言葉が理解できないとでも言いたげに。男は薄く蒼い色の眼を丸くして、口をあんぐりと開いた。
そうなると混乱して来るのはこっちだ。エニスが何を言いたいのか全く予想がつかないし、理解のしようがない。
「知らないって……何のことだ? 」
「冗談じゃないのか!? 本当に知らないのか……!? 」
「だ、か、ら! さっきから何のことを言ってんだよ!? 」
訳も分からずに叫んだ。
コイツと戦う前よりも遥かに心の中で大きくなっている不安感。情報が何よりも大切なホルダー界において何も知らないことへの危機感。周囲よりも遥かに出遅れてしまったことへの焦燥感。そんな行きどころの無い感情の全てを俺はこの中東から来た男に叩きつけた。
そしてエニス・サイードは小さな声で呟く。
「シロモトケンタロー……お前の首には現在、懸賞金がかかっている。それも総額1億ドルという莫大な額の、な」
聞きたくなんて無かった、寝耳に水な新事実を。




