着信
おかしい……これは絶対に普通じゃない!
「その深刻な表情から察するに……」
「……マサヒラさんに何かあったんだね? 」
交互に尋ねられた俺は首肯すると重苦しい口を開くと、事情の説明を開始する。
「……舞さんに言われた通り一度連絡してみたんだ。案の定出なくて最初は留守電サービスに繋がると思った……けれど結果は『おかけになった電話番号は現在使われておりません』のアナウンスだったんだ」
「それって何か変? たまたま近くに居ないだけじゃない? 」
「木ノ本。よく思い出してみてくれ。電話がただ繋がらない場合は通常どんな音声が流れる? 」
「え? えぇーっと……『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っておりません』とか? 」
「それじゃあ着信拒否は? 」
「えぇー、なんだったかなー? ……舞さんは分かる? 」
「たしか……『この電話にはお繋ぎできません』とかだね」
「そうだ。じゃあもう一度言うぞ。マサヒラの電話をかけてみて返って来た音声は『おかけになった電話番号は現在使われておりません』だったんだ」
「……あれ? 嘘……? なんで? 」
「そのアナウンスはマサヒラさんが『携帯を解約してわざわざ番号を変える』か、『電話料金の延滞による利用停止』でもされないと送られてこないね」
「そう、そうなんだ。ありえないんだよ! あのマサヒラがそんなミスをするなんて! 」
あの侍とはもう結構な付き合いがある。その日々の中で俺はマサヒラの人となりを何となくではあるが把握しているつもりだ。
そんな俺から見てマサヒラはお金の管理にかなり注意深い人間であることはもはや疑いようがない。良い物を出来るだけ安く買おうとして、俺には快く奢ってくれる癖に、自分の怪我の治療費はケチってしまうような……そんなホルダーだと認識している。恐らくは『ホルダー向け悪徳セミナー』でお金をだまし取られたトラウマの影響だろう。
だが今考えるべきなのはサムライの心的外傷をどうにかすることではなく……なぜ、そんな人が携帯料金の未払いなんて初歩的なミスをしたのか? はたまた、なぜ俺に連絡一つ入れずに携帯電話番号を変えたのか?
マサヒラを知る俺からしたらどちらの可能性もノーだ。銀行口座から自動で引き落とされる携帯料金のことをあの侍が忘れるはずが無いし、番号を変えたのに新しい番号を教えてくれない程に気が利かない人間でもない。
なら考えられる可能性は一つ――携帯電話番号を急遽変えないといけない何かがあったからだ。
「実はここからが分からない。電話番号を変えないといけないような『何か』ってなんだと思う? 」
心の中で生まれた問いを漏らすと、それを聞いた女子二人は腕を組み、首を傾げた。
「うーん。ストーカーからの無言電話に耐えかねて……とか? 」
「ないない。あのマサヒラだぞ。そんな浮いた噂なんて……」
……まあ咲良さん無いことも無いのか。
「迷惑電話とか、セールスとか勧誘の電話が鬱陶しくなったんじゃない? 」
「マサヒラは用途別に携帯を使い分けてたんだ。携帯電話登録用、仕事用、プライベート用って具合に。俺の知っている番号は家族、友達、知人だけが知っているプライベート用だったからその可能性は低いと思う」
「へぇー! なんか芸能人みたいだね! 」
あはは……。本物の芸能人に言われちゃ世話ないぜ、マサヒラ。
「まあそういうことなんだ。他に何かないかな? 」
「う~ん……うう~~ん? 」
「他に……何か……何か……」
迷宮庁の正面玄関の脇で、仲良く集まって思案する。『3人寄れば文殊の知恵』とは言うが何事も限界というモノはある。
なぜ行き詰ってしまっているかは重々分かっている。流石に情報が足りなすぎだ。連想ゲームではこの辺が限界だ。
「そういえば城本君……マサヒラさんって蕪木さんと一緒に行動してたんだよね? 」
「うん」
「二人でどこに行ったのかは聞いてるの? 」
「あ」
不覚だ。一度もそのことに気付かなかった。
そうだった。マサヒラは今あの蕪木と一緒に居るんだった。
「蕪木さんにもかけてみる」
それからの手順は一切迷わない。登録された連絡先を押す。
コールは10回。かなり待たされた。
その時点で嫌な予感はしていた。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
「マジかよ……」
もう疑いようが無い。
俺たちが魔境に行っている間、二人の身に何かがあったことは決定的だ。
でも分からない。何が? ……一体何が――――
――――その時。
『―――――――――――――――! 』
大きな電子音が手の中から、沈黙を切り裂く様に鳴り響く。
一瞬面食らったが、その音がデフォルトに設定された俺のスマホの着信音であることはすぐに気が付いた。
「誰から? 」
「……『非通知』だ」
本来ならビビる必要は無い。
別に非通知からの着信自体はそれほど珍しい事態じゃないからだ。
問題なのはそのタイミング。
まるでこちらの様子をどこかから伺っていたような……。
「「出るの? 」」
「出る」
食い気味に即答し、速くなる胸の鼓動を抑えて深呼吸をした俺は震える指で緑の『応答』マークを押す。
「……もしもし? 」
「…………シロモトケンタロウの電話だな? 」
予想通り、
電話口から聞こえてきたその声は、
記憶の中のどの知り合いにも該当しない、くぐもって低くドスの効いた『男のモノ』だった。




