最後の敵
鬼怒笠魔境の攻略方法をずっと考え続けていた。
異世界に飛ばされるタイプの上級ダンジョンを含む『一般的なダンジョン』は基本的に下へ下へと階層が進んでいく構造で最下層にダンジョンの出口とそれを守るボスモンスターという形態がほとんどだった。
だけど魔境は違う。
異界のダンジョンの中に直接ワープさせられることはないし、現実の地形にある程度は即した空間になっているし、モンスターは倍率補正がかかってるし、魔境と魔境の外を区切るものも半透明の大きな黒幕一枚だけ。何もかもが通常のダンジョンとは違い過ぎる。
魔境について自分なりに下調べはしてはいたが、全て無駄だった。何らかの類似点が見られる通常のダンジョンとは違って、事例が少ないのにも関わらず魔境はそれぞれで特色があり過ぎていた。
イタリアで攻略された魔境は無人島が丸ごと魔境へと変貌していたため、文字通り『ありとあらゆる手段』を用いることが出来たので島ごと魔境を吹き飛ばすことで攻略には成功していた。この世から島が一つ永遠に失われるという結末にはなったが。
グリーンランドの活火山内につくられた魔境はレベル3桁を超える有名な【氷雪魔術師】の手によって多大な犠牲を払いつつも攻略に成功。魔境の奥深くにあるモンスターの生命線だったマグマだまりを機能停止させるのが攻略の鍵だったという話だ。
特殊な事例では海中に出来た『魔境』も過去に存在したらしく、どの国が攻略に乗り出して、どれほどの労力がかかったのかという具体的な情報の殆どは非公開だったものの『魔力を使った新兵器』によって攻略したというネット上の噂話だけは見つけることが出来た。
とまあ、ここまで調べればよく分かった。魔境の攻略に他の魔境を調べても何も意味が無い事。従来の事例は何も参考に出来ないこと。
今目の前にある魔境から何らかのヒントを見つけ出さないといけないこと。
その結論に至ってから既に48時間以上。俺たちは魔境の攻略方法について頭を捻り、考え、観察し……――そして気づく。
この絶えず蠢き続ける鬼怒笠魔境のとある一点。森の奥深くにある、なんと鬼怒笠魔境の丁度中心であるその場所だけが一切動いていないことを。
さすがに怪しすぎるため、俺達はここに魔境攻略のヒントがあると見た。もはや【索敵】と『迷宮鑑定』の合わせ技も必要ない。なんせ唯一動いていない場所なんだ。見失うはずがない。
「あと少しだ。がんばれ! 」
「「はーい……」」
『迷宮鑑定』を頼りに、ひたすら道なき道を進んでいく。
道中、虫や小動物系統のモンスターに何百と出くわしたが今の俺たちの敵じゃない。必要最低限の動きと魔力消費で蹴散らした。
鬼怒笠村を出てから30分。
うっすらと皮膚が汗ばみ始めた時。
「着いたぞ。ここが魔境の中心だ」
ついにたどり着いた目的地。
「「うわぁあ―――! 」」
舞さんと木ノ本の重なる感嘆の声が響き渡っる眼前の開けた空間のことを一言で説明するとすれ『森の中に出来たオアシス』だ。
透き通って、底で泳ぐ小魚の細かい動きすら見通せる泉。
人の踏み入れた形跡が一切ない群生する花畑。
一際目に付く、古く、巨大な樹木は水辺の奥のオアシスの中央に鎮座することで木陰の涼し気で静かな空間を創り出していた。
しかし一見していくら綺麗な場所だと言ってもここは魔境。それもこのオアシスは最奥である中心。警戒はいくらしてもいいくらいだろう。だから俺は気持ちが逸る2人に静止の言葉をかける。
「モンスターの気配は無さそうだけど……踏み入れる前にちょっとだけ待って欲しい。一応【鑑定】と【索敵】だけは使わせてくれ」
「りょーかい。あと何秒で再使用できるんだっけ? 」
「30秒だ。それまでは――」
『いいや。待つ必要は無い。俺はここにいるからな』
いい加減慣れるべきなんだが、知らない誰かから『脳に直接声をかけられる』っていうのはどうしてこんなにも精神を逆なでにするんだろう?
「誰だ!? 」
そのイライラをそのままぶつける様に俺は吠えた。どうやら二人にも声は届いていたみたいで、こっちが言うまでもなく戦闘態勢に入っている。
『その質問に答えて俺に何の得がある? 』
言えてるな。
全く持ってその通りだ。
だけどこのタイミングで姿も現さずに、名前すら名乗らずに声をかけてくる奴をどうやって信用できるというのか。
「答えないなら、先に攻撃すると言ったら? 」
自分でも呆れるほどに好戦的過ぎる返答だが、仮にモンスターなら配慮はいらねぇ。森に引火させないギリギリの大きさの炎を手のひらから立ち上らさせて相手の動きを牽制しようとした……が……
「なるほど。もう以前のように甘くはないか」
「……ッ!? 」
……脅し以前の問題だった。俺は驚かされて、慄いてしまった。
「どうした? とりあえず姿だけは現してやったぞ? 」
ダンジョンにおいての最下層のような役割だと認識したこの場所に居ると予見していたボスモンスター……透明な布を振り払うようにして目の前に実際に現れた最後の敵は銀色の長い髪をなびかせたその姿は……
……どうしても人間の女の子のようにしか見えなかった。




