変化
またまた。
懐かしい夢を見た。
『……どういうこと? これでサヨナラって! 』
『……ごめん。言えない』
『それじゃあなんもわかんないよ!? 』
場所は下山トンネル。
時刻は日の落ちかけた夕方。
登場人物は、ただただ頭を下げて謝るだけのあの子と唐突過ぎる『別れの挨拶』を受け入れられずに必死に詰め寄るまだ小さかった頃の俺。
懐かしく、幼く、青く、間違いなく俺の苦い記憶の一つだ。
『もうすこしだけここにいられるはずだったんだけどね……帰らないといけなくなったの』
『かえるって! どこに!? 』
『ごめん。それも……――言えない』
『ッッ!? 』
それは初めて見るあの子の無表情だった。
あんなに活発で、気持ちの浮き沈みが激しく、楽しい時は素直に感情を爆発させて弾けるような笑顔を見せていたあの子がまるで心の内を押し殺すようなことをしていた。
その時、俺は子供ながらに悟った。
自分の無力さを。
この夏に出来た大切な友人が抱える事情は俺なんかじゃ太刀打ちできないほどに大きいものであることを。
『ほんとうに、これがさいご。いままでありがとね。すごくたのしかった』
『――ちゃん……』
『じゃあ剣太郎…………――――またね』
そう。
これは俺の記憶。
これこそがあの子との最後の…………――あれ?
そうだったっけ?
父さんが俺を庇って死んだ日。
俺が村中を駆け回ってあの子を探した日。
なぜ俺があんなに必死だったのか。
そうだ。俺はたしか……考えていたはずだ。『トンネルに文字だけを残して突然いなくなってしまった』あの子を絶対に見つけ出すと。
そもそも俺はあの子の名前を『知らなかった』はずなんだ。
『……痛ッ! 』
急に痛み出す。
頭が痛い。
割れるように痛い。
でも落ち着け。これは夢だ。この痛みは本当に痛いように見せかけているだけで、ただの錯覚で、実際に痛んでるわけじゃない。
久しぶりに鬼怒笠村に来たせいで。影との戦いの後に手紙の続きを読むために爺ちゃんの家に帰って来て、疲れて眠くなったまま寝泊まりをした影響で。ただただ俺の脳みそが混乱しているだけなんだ。
『……混乱』
混乱と言うなら俺の脳みそはここ十数年混乱しっぱなしだったな。脳みそで一番大事な認識と記憶を司る部分を催眠術で狂わされていたんだから。
『催眠……術……ね』
そういえば爺ちゃんと婆ちゃんは『催眠術』なんてどこで身に着けたんだろう。
記憶の封印なんて只事じゃない。父親の死を10年間隠し通せるなんて自分のことだけど意味が分からない。いったいどんな技術が……。
『あ』
その時、とある思い付きが脳裏をよぎった。
けど余りにも馬鹿げている。本気で考えるだけで時間の無駄だと思えるほどに。
ただそう考えれば全ての辻褄があう……気がする。
『いってぇ――ッ! 』
まただ。また夢の中だっていうのに頭痛だ。
なんだ? いったいなんなんだこれ?
確か……前もこんなことがあったような……ああ、そうか。
思い出した。
『この痛みは俺の催眠が解ける寸前の……――』
何かを掴みかけた直前。
何かに気付きかけた刹那。
「……あれ? 」
いつものように現実に引き戻される。
「俺いままで何を……」
でもここからはいつも通りじゃない。
「……ッ! そうだ! 俺! 」
今日は覚えている。はっきりと。俺がさっきまで何を考えて、何を思い出していたのかを。
確かに変化は始まっていた。
鬼怒笠村へ来てから。手紙を見つけてから。
何かの答えは見つけられる兆しはあった。
だけど忘れちゃいけない。その前に俺はやるべきことがある。
「うんー? なにー? どうしたの? 」
「ん、ねむぃぃ。……あれ? 剣太郎君……? 」
「おはよう。二人とも。ごめん。起こしちゃったか? 」
それぞれの事情はあれど、ここまで付いてきてくれた二人を。舞さんと木ノ本を。
「昨日寝る前に一つ思い付いたことがあるんだ。もしかしたら『鬼怒笠魔境』の攻略の突破口になるかもしれない」
無事に東京へ帰すこと。
『配下が全滅? 』
「ああ」
『あなたともあろう人が珍しいですね。うっかり油断でもしたんですか? 』
「そのつもりは……無かったんだがな」
『ほーほー。まあ、それ以上は聞きませんよ……それで? わざわざこの回線に繋いで来たということは……』
「お察しの通りだ。頼む。『手』を貸してくれ」
『もちろんいいですよ。大将殿。アナタのような大物に恩を売る利点が分からない程、私は馬鹿じゃないですから』
そしてまた魔境のどこかで今後を決定づける会話は成立した。
そのことを剣太郎はもちろん知る由もない。




