『同時』の意味
「「【念動魔術】……」」
重なる二つの声。
トンネル内に充填される二つの荒れ狂う魔力。
「「『圧縮念波』!! 」」
『技』を撃つタイミング。魔力を練り上げる速度、圧縮された濃度、込められた量、波長。放たれた念力の波が進む方向性、角度、速度まで。
その全てが同一で同質で同時。
「きゃぁっ! 」
「うぅっ……! 」
そのため二つの波が衝突したのは両者の丁度、中間。距離にして約30mほど手前の位置。トンネルという狭い空間で爆発した破壊の奔流は竣工してから10年近く経っている下山トンネルを破壊するには十分すぎる威力を持っていた。
(二人とも大丈夫か!? )
(平気! 少し驚いただけ! )
(驚かせてごめん! バフかけ直すね! )
そんな見境なく、無差別に広がっていった波動は俺と影以外の全てを吹き飛ばしたけれど……舞さんと木ノ本は何とか耐えて抜いてくれた。
(こっちの方こそゴメン! バフもサンキュー! 後は任せてくれ! )
そうだ。コイツは……コイツだけは俺がやるしかない。コイツは俺そのものなんだ。俺が使える技は何でも使えるし、俺が出来ることならなんでもやってくるということ。
自分自身を倒すには一体どうすれば……クソッ! 完全に想定外だ! まさか『こんな奴』が世界のどこかにいるなんて!!
「「『鷲獅子の四肢』!! 」」
コピーの精度を確かめるため魔境で一度も使ってこなかった【疾走】スキルの新技を試してみるが……ダメ。
【念動魔術】を使わずに空を自由に歩き回れる技でさえも、影は余裕で俺の動きについてくる。下山トンネルに出来た大穴からピッタリと。少しも距離を離されることなく。雲の近く、上空数千メートルまで一気に駆け上がったのにコレだ。
細かな体重移動、宙を踏みしめる位置と角度、呼吸の回数まで完璧にトレースしてきている!
「ならこれならどうだ……? 」
「何? 」
「【棍棒術】!! 」
影からは見えない背中から一気に引き抜いたのは……購入してから何年も経過しているのにも関わらず新品同様の金属の照り返しを持った一本の金属バット。
グリップを握った瞬間、湧き立つような力があふれて来る。【棍棒術】による[力]と[敏捷力]、[器用]のステータスがこの瞬間に補正された確たる証拠。
そして何よりも言及したいのは影が素手であるということ。
スキルレベルが上がれば上がるほどに倍率補正の伸びが緩やかになっていく【棍棒術】による身体補正はここ最近になって、とうとう10倍を突破した。
つまりバットを持った俺の『速さ』は単純に考えて普段の……
「……10倍だ!! 」
威圧の声とともに発動させたのは同じく【棍棒術】の技の一つ――『乱打』。
手数が多い分、ほんの少しだけ威力が弱いこの技だけど素手の俺自身が相手だと考えると一番有効な手札でもある。
『パワーウォール』を避けての攻撃が可能で、【石化の魔眼】を出させる前に潰せる上に、超至近距離からの攻撃は【火炎魔術】の殆どを無力化することが出来るからだ。
考えれば考えるほどに、卑怯臭い一手だが魔境での戦いに公正さなんて要らない。
「墜ちろ! 」
俺は満身の力と持ちうる技術と気力の全てをつぎ込んでバットを振るった。中空でありながら理想のスイングが出来た連撃は確実に影の肢体を打ち砕こうとしていた。
「【棍棒術】……『乱打』」
だけど口のない影から聞こえて来た一言がその『全て』の努力を無に帰させる。同じ硬さの金属同士による無数の衝突音を反響させながら超速無酸素運動を終えた俺の第一声は『なっ!? 』という驚愕の一言だった。
「素晴らしく良く鍛え上げられた武器ですね? キンゾクバットと呼ぶんでしたっけ? たしかお婆様からの贈り物だとか? 異世界に行って得た報酬の一つという訳ですね」
いけしゃあしゃあと褒め称えてくる奴の手には俺のモノと全く同じ大きさと輝きを持った漆黒の金属バットがある。
[武器耐久力]: 9+999995
[武器攻撃力]: 8+790321
それも『武装鑑定』の結果では俺が持つバットとそっくりそのまま同じ強さの。
「まさか武器はコピーできないって思ってました? そんなことはありません。もう一度言います。今の俺はアナタそのものです」
「……ッッ!! 」
それが唯一見えていた突破口が塞がれた瞬間で、泥沼の戦いが始まった合図でもあった。
「『獄炎』! 」
「『獄炎』! 」
火力で一気に押し切ろうにも、相手も全く同じ出力が出せる。俺が放った地獄の業火は影から放たれた魔力にぶつかり対消滅した。
「「【石化の魔眼】」」
それならと石化の早撃ち勝負に持ち込もうとしたがそれも無駄。奴は全く同じ間で俺を石にする。『紫色になった眼』なんてどこにも付いてないというのに。
「「【大車輪】」」
極め付けは『非数値化技能』である爺ちゃんと婆ちゃんに仕込まれたバットによる武術のぶつけ合い。【棍棒術】によって『バットを振るうこと』そのものへの理解力が是正された上に、過去の記憶がある俺には奴は突いてこれないはず…………だったのに。
なぜか影は。
かかとを上げる高さ。
詳細な足運びと獣心の位置。
腰のひねりを加える前に二の腕で勢いをつけることから、右肩を少し庇う癖に至るまで。
完璧にコピーしていた。
「この動きはなかなかに疲れます。よく息が切れないですね? 」
「……わかってんだろ? 俺とお前の[持久力]が同じってこと」
「あれれ? じゃあシロモトケンタローも少しは疲れて来たってことですか? 」
「……」
おかしい。流石におかしすぎる。『???』がやってることは道理もへったくれも無い無茶苦茶だ。
仮にコイツのコピーが俺が放った技をそのまま再現できるものだったとしよう。それならコイツがわざわざ俺と同じ技を使ってくることにも説明が行く。
……それなら、なぜ奴は俺と『全く同じタイミング』で技を使える?
俺の使おうとしている『技』がどれであるかを判断してコピーするための、ほんのごく僅かかもしれないが、必ず発生する『時間』がコイツの戦闘からは完全に抜け落ちてしまっている。
「質問に答えてくれないのなら、こっちから行きますよ!! 」
「くぅッ! 」
いくら頭を捻っても答えが出てこない。なんだ? 一体どういう理屈だ? 何が作用している? 一体どんな力が……――
――『ではまた会いしましょう。すぐに。魔境のどこかで』
なんでだろう? なんでこんな修羅場に『猿』の言葉を思い出す?
ん……?
なんだこの感覚は?
背後から俺を蝕んでくるような……。
「え……!? 」
その時、俺は確かに感じた。
背中のすぐ後ろに張りついて此方の一挙手一投足を見つめ続けている…………油断ならぬ観察者の『視線』を。




