四番目の迷宮
待ちに待った週末がついに来た。今年の9月1日は木曜日だったので割と待たずに来た印象だ。この週末の予定はもちろん家の近所のトンネルの調査、そして可能ならば迷宮攻略に臨みたい。本当は昨晩の金曜日あたりに行ってしまいたかったが時間のずれがあるのは鬼怒笠村の特別仕様かもしれない。昨日は新しい金属バットの購入にあてて時間の余裕がある土日が来るのを待っていた。
その日の朝は素晴らしい目覚めだった。タイマーを物凄く早めの6時前にセットしていたにも関わらず、鳴る前に起床した。それだけこの日を楽しみにしていたことを実感する。
家を出るときはいつも早起きの母親と今日も朝練がある妹と出くわした。鬼怒笠村から踏襲している野球防具とバットの俺流迷宮探索スタイルを見てとても奇妙なものを見る目をしていたが今はそんな些細なことは気にならない。
歩行者専用トンネルは家から徒歩3分。素晴らしい近さ。朝も早いため、付近にはひとっ子一人いない。好都合だ。人目を気にせずダンジョンに集中できる。
さてと、確かここら辺に……あった。記憶通りの場所。落書きでよく見る英語のグラフィティの中に紛れた謎のくさび形文字。
さあ、どうする? 今さら引き返すか? 答えはもちろん、ノーだ。
一回深呼吸をした後にそれに手を伸ばす。
刹那、ぐらぐらと揺れ始める足元と視界。歪んでいく空間。光る『開』の文字。もう4度目の異世界とつながる体験。慣れ親しみ始めた感覚。
耐えかねて瞬きを一回する。すると、そこはもう近所のトンネルじゃなく『剣士の迷宮・中段』だった。
『剣士の迷宮:全てのモンスターが人型で刀剣系統のスキルを使用してくる迷宮。初段、中段、上段の3階層で構成されている。』
【鑑定】によって得た情報は以上の通り。実際に目で見ると内観は『5色の迷宮』を思い出させる洞窟スタイル。ただ地面は不自然なほどに平坦で、広い。まるで剣で戦うことだけを想定しているような空間だった。
「シャァアアー! 」
入って早々出会ったのはLv.49リザード・ウォーリアー。
オオトカゲの剣士は奇声を上げて片手に持った石剣を振り被った。
「【疾走】! 」
対して俺は迷わずスキルを使用。後ろに1歩引く。すると俺がさっきまで立っていた場所は磨き上げられた石の刃によって割り砕かれる。だけど『剣士の迷宮』はここで終わらない。
ここのモンスターは知性の低い獣系統では見ることのなかった人間のような連携をとってくる。
「シャ! シャァッ! 」
「新手か……! 」
背後に感じた気配は、すかさず突き攻撃をしかけてくる二体目のものだった。正確に頭部に伸びてくる切っ先。顔面スレスレで避けるが先ほどの余裕は消え失せる。
そこに3体目。トドメとばかりに無理な体制の俺に飛び掛かってくる。しかし急な突撃だったからかトカゲの方も上半身は随分と前に傾いていた。
俺はその不用意な一撃を待っていた。
「【念動魔術】……! 」
魔術で突っ込んでくるトカゲを急加速。自分の意図を超えた速さに反応しきれなかったリザード・ウォーリアーは俺の頭上を越えて後方に吹き飛んでいく。
順番に現れた3体のリザード・ウォーリア―。人間のような連携をしてぶつかってきたが、正直言うと密集して正面から一気に来られた方が厄介だった。現に奴らは今や奥、横手、後方に広く散らばってしまっている。
つまり対集団戦の基本。一対一を複数回。各個撃破が可能になる。
「……ふっ!」
リューカに教えてもらった剣の型、バットで再現する。記憶の中の騎士の動きをなぞる様に振りぬいたバットの標的は一番近い横のトカゲ。突きで伸びきった横腹を砕き、初激をまともに食らったため大きくたたらを踏んで交代する。もちろんその隙は逃さない。一気に最後まで叩きのめした。
まずは一体。しかしこうしている間に残り2体は俺との距離を詰めにかかっている。だけど2体であればアレが使えるな。
「……『パワーウォール』」
『パワーウォール:【念動魔術】がレベル5になると使用可能。魔力を消費し10秒間だけ通常の念動魔術の10倍の出力を発揮できる。ただし可能なのは物体を静止することのみ。』
新たに得た力を後方のトカゲに向かって使用する。すると『壁』に阻まれたように片方のトカゲの突進が停止。モンスターが画策した挟み撃ちは失敗に終わる。
これでまたもや1対1。ただし与えられた時間は10秒。だけど今の俺なら10秒で十分だった。
「『乱打』! 」
その技の名前を叫ぶと、一気に体温があがる。血流が速くなっていく。そして――――
「グギャッ! 」
1秒後、迫ってきていたトカゲは迷宮の地面に崩れ落ちた。全身に22箇所の打撲を負って。
『乱打:【棍棒術】がレベル10になると1時間に1回使用可能。1秒間、[力]を0.8倍にする代わりに[敏捷]を4倍にする。使用後大幅な体力を消費する。これは【棍棒術】の基礎的な倍率補正と重複する。』
弱体化する[力]の代わりに強化される[速さ]による圧倒的な手数で蹂躙するこの『技』。試しに使って見たが全身の疲労がかなりある。スキルで無理やり早く動き過ぎたせいでもあるだろう。多分、これは使いこなすのに慣れが必要だな。
分析をしている間に10秒はすぐに終了する。押しとどめていた最後の一体。そいつが念動力の檻から解放され、仲間を煙に変えられた怒りそのままに向かってくる。
さあ最後の一対一だ。
体力は今ピンチ。この状況で使える『技』はない。一見有効打はすぐに打てない様に見える。ただし煙になった二体のトカゲは俺に残してくれたモノがある。
「【念動魔術】……!」
動かす対象は2本の頑丈な石剣。それを前後から挟み込むように急襲。体力も削られていた最後の一体は後頭部への打撃をまともに食らって昏倒した。
気絶したリザード・ウォーリア―の身体の近くまで近づく。俺は冷静にトカゲの頭にバットを振り下ろした。
自分のレベルと近い3体のモンスターを倒すのに一分。かすり傷すらない。
これは十分以上の戦果のはずだ。
「やっぱり……ダメか……」
しかし俺がこれで獲得した経験値は600をわずかに上回る程度のものだった。




