合成
『ダンジョンの内と外では時間の流れが違う』ことはモンスターの存在を感知できる保持者だけでなく、現代を生きるヒトなら誰もが知っている常識だ。
『迷宮』の中に1時間いると『現実』では何秒経過しているなどと、厳密なズレる規則性が分かっているわけじゃないけれど……まあ、ダンジョンにどれだけ長くいても現実での時間経過はほとんど無いとでも認識しておけばいい。それほどまでにダンジョンの内外では時間の速さに開きがある。数字に表すと数百倍から数千倍という試算になると専門家の間では言われているそうだ。
だからこそ俺達ホルダーは時を選ばずにダンジョンに潜ろうとする。現実世界で1分程度のヒマがあれば、ダンジョンの一つや二つ攻略するには十分すぎるほどの時間になる。マサヒラが言うには終わらない宿題・課題・作業・仕事などをわざわざダンジョンに持ち込んでまで済まそうとする剛の者すら居るとか、居ないとか。
それだけダンジョン内では時間の経過が早いという性質は破額すぎる代物で、日夜いろいろな利用方法が考えられている。その過程で興味深い実験が成されていた。
まず実験に協力してくれるホルダーを二名用意する。次に二人をそれぞれ全く別のダンジョンに誘導し、全く同じタイミングで『開』の文字に触れさせて侵入させる。ダンジョン内で『ちょうど24時間たった後』に出てくるよう、事前に指示を加えておくのを忘れずに。
さて。この場合、二人がダンジョンから脱出時間にズレは生じるだろうか? 答えは0コンマ何秒単位で全く同時と言う半ば予想通りのモノだった。
だがこれで濃厚になった『説』が一つある。
この世に数多と存在するダンジョンは全て……全く同じ時間の流れを刻んでいるという説だ。
その理由は例の如く何もわかっていない。ただ……この説にも例外があることだけは知られている。それは当然この『魔境』と呼ばれている地域の存在だ。
「朝日まぶしいー」
「もう冬だからねー」
ここは現実世界とダンジョンの中間の様な場所。だからこそ時間経過が現実と全く同じという例外が許されていた。このように朝と夜の区別だってもちろん付く。
「そろそろかなー? 」
「……たしかに、もう良いかも。ハイ。こっちが舞さんの」
「おおー! あったかーい」
「それで……こっちが剣太郎君の」
とまあ今この瞬間は紛れもなく朝……であるため俺たちは開けた石舞台の上でちょっとした朝食を取ることにしていた。木ノ本から手渡された耐熱性のカップには湯気が立ったスープがなみなみと注がれている。用意してくれたのは言うまでも無く女性陣だ。
「二人がダンジョンに潜るときはいつも食事を持っていってるんだっけ? 」
「うん。いつもだいたい携帯食料だけどね」
「まあ気持ちの問題って奴かな? 危険地帯でも何か食べてるととりあえず落ち着けるっていうのかなー。私達ホルダーは1週間飲ぐらいなら飲まず食わずでも全然問題ないしさ」
「あーでもわかるなー。コレ飲んでるとなんか安心する」
「でしょー? だから城本君もお腹空いてなくても食べなきゃ駄目だよ? 出来れば三食。精神衛生状ね」
これは流石に盲点だった。
最近、寝入りがやたら悪いのは俺のグチャグチャでボロボロな食生活にも関係があるのかもしれない。
「気を付けなきゃな……」
そうやって自省しながら飲むと、オニオンスープのタマネギの風味がより強く出る気さえした。
「まあーこんな風に偉そうに言ってる私がダンジョンで3食欠かさず食べられたのは全部絵里の【スキル】のお陰なんだけど……」
先ほどの頼もしい管理栄養士のような言動から一変、頬をポリポリと掻き気まずそうにする舞さんの視線の先にはご立派なキャンプ用調理器具のセットがあった。
「本当に便利だよね。その【収納】スキル」
「実際かなり助かってるよ」
こうして話している間にも木ノ本の手のひらには並べられた道具が次々と吸い込まれていく。【収納】でありとあらゆる魔剣を繰り出してきた【剣神】とは対照的な平和な使用方法だ。
まあ【スキル】や【魔法】はそれぞれ使いようって訳か。
「使いよう……使いようねぇ……使い…………――あ」
その時――天恵は降りた。
「そうだ……! 」
「どうしたの? 」
「ちょっと試したいことが出来た! ……【合成魔術】! 」
舞さんからの問いかけにも話半分で、興奮冷めやらぬうちに【魔法】を発動。
この新たに手に入れた【合成魔術】は俺が持っている【スキル】や【魔法】さらには『技』に至るまで、その効果を融合させることが出来る【魔法】だ。手に入れてからは色々な組み合わせを試してみたけど、どうやら【合成】させるまでは詳細な合成後の効果は分からないらしかった。それでも破額過ぎる力があるこの【魔法】。
例えばこういうことだって可能だ。
「【索敵】の『追跡』と【鑑定】の『迷宮鑑定』を合成! 」
この魔境ではあらゆる物体の場所が絶えず生き物のように動いている。
だからこそ俺は鬼怒笠村にたどり着くことが出来なかった。
けれど例えば……その『動き』すらも追跡することができたとしたら?
膨れ上がった期待感と共に、俺の脳内では魔境の全景が広がっていく。
小川の流れる渓谷。
森が開けて出来る草原。
けもの道の分岐点。
自然に出来た洞窟。
集落のある山間と山そのもの。
全ての位置が浮かび上がっていく。
そして……
「見つけた」
……とうとう捕まえた。
ずっと探していた『鬼怒笠村』を。




