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新たな生活

『階段の迷宮』をクリアしてから不思議な夢をよく見るようになった。


 舞台は子供のころ、小学校中学年の時に鬼怒笠村へ帰省に行った時のこと。少年野球を始めたばかりだった俺はどこへ行くときもバットとキャップを持っていた。爺ちゃんの家でも、倉本のおばさんの家でも、畑の真ん中で、そして裏山の広場でも、素振りをしまくっていた。


 村のあらゆる場所で練習をしようというよくわからない遊び心だったんだろう。夢の中で俺が素振りをしようと向かった先はなんと下山トンネル。まだ出来たばかりのトンネルは比較的綺麗で、物心ついてすぐの俺にはちょっと魅力的な場所だった。


 そこで俺は『――――』と出会った。名前は思い出せない。顔も何故か思い出せない。でも覚えている。誰かと会って遊んだことを。しばらく『――――』と一緒に遊んでいると。心配した誰かが俺を呼びに来た。



「剣太郎~」



 のびやかで若い女性の声。母さんじゃない。でもなぜか聞きなじんでいて安心する声だった。俺はトンネルの入り口を振り返る。そう、そこにいたのは―――――


 夢は毎回ここで途切れてしまうのだった。




「はぁ~新学期早々またこの夢か……」



 スマホのアラームを止めてノロノロと起き上がる。時刻表示は6時50分を指している。もう少し遅く起きれば、あの夢の続きが見れたのかな。


 そんな風なことを考えていると一階から母親の大声が聞こえてきた。



「剣太郎―! アラームなったわよ! もう起きるのー? 」


「今行くー! 」



 下に叫び返したあと、ベットから飛び出す。顔を洗って、歯磨きをして、制服に着替える。一か月以上ぶりの制服だ。懐かしい気分になると共にちょっと気持ちが沈んだ。学校めんどくせえなあ。久しぶりのネクタイにちょっとだけ苦労しつつ姿見の前に立つ。


 夏は長袖のワイシャツの端を折って着るのが俺のいつものスタイル。だけど、そうやって着ると見えてしまっていた。左手首の文字が。一見タトゥーのように見えるそれが。



「いや……これどうしよ……家族は見えて無さそうなんだよなあこれ……」



 ウチの学校はある程度の範囲なら髪を染めるのも、制服を着崩すのも禁止されていない。近辺でも割と校則がゆるめなことでも有名だ。ただし、タトゥーだけは駄目だった。


 俺は鏡の前でしばらく悩んだ後に、結局リストバンドを付けることにした。



 1階に降りていくと、丁度入れ違いで妹の梨沙(りさ)が家を出ようとしているところだった。それにしても新学期早々から部活の朝練とはね。



「……おはよう」



 会ってしまったものは仕方がない。恐らく嫌がられるだろうけれど朝の挨拶をする。予想通り。梨沙は一瞬こちらに目を向けたが、その後何も言わずに家を出た。相変わらずツレねー奴だ。



「剣太郎! もう卵焼き焼いちゃったから冷めないうちに食べてー」



 若干傷ついた心を回復させるのに時間を当てていると母親の声がリビングからした。あー懐かしいな。こんなんだったな。城本家(ウチ)の朝は。そのなじみ深い慌ただしさに十分に浸ってから俺は家を出た。




「うぃー、おひさ。剣太郎。ちょっと焼けた? 」


「そっちは大分黒くなったな。海斗」



 夏休み前から変わってない席に付くと声をかけてくる隣の活発そうな男子。名前は坂本海斗。サッカー部所属。彼女持ちで友達も沢山いるリア充野郎。席が近いこともあって俺は教室では海斗と話すことが多かった。



「まあなー今年の夏は海6回行ったからさあー。それの影響デカいと思うわー」



 まあ話をすると言っても、どこかに一緒に遊びに行くほど仲が良いかと言われたらそれは違う。現に海斗が海に6回も行ったことは初耳だし、俺はその6回の内1度も誘われていない。まあ仕方がない。俺と違って海斗は学校中の人気者。クラスから部活まで、色んなところから引っ張りだこなコイツに俺のことまで気に掛ける余裕は無いだろう。

 

 まあ相変わらず、ここ大和第一高校での帰宅部の立場はとても厳しいのだった。



「そう言う剣太郎は何かあった? 夏休み」


「あぁー……えーっと……まあ……あったかな? 」



 やっべぇ。誤魔化すの失敗した。かなり歯切れが悪く応えた俺を見て海斗は目を輝かせた。



「え? 何々? なんかすごい意味深じゃんか。何があったんだよ? 」



 急にテンションが高くなった海斗に俺は心の中で謝った。他人から言われると余計に気になるセリフ、第一位を今から使うことを。



「多分……言っても信じねえよ」





 その後の海斗の質問攻めから何とか逃れた俺は、男子トイレに駆け込んだ。夏休み前と変わらず海斗は陽気な奴だった。ちょっと悪いことをしたがやっぱり『コレ』を説明できる自信はない。手洗い場の鏡に映った自身の姿と『文字』を見つめる。



『城本 剣太郎 (年齢:16歳) Lv.50


 職業:無


スキル:【棍棒術 Lv.8】(24401/25600)【疾走 Lv.8】(23089/25600)

    【投擲術 Lv.4】(34/1600) 【鑑定 Lv.7】(9987/12800)

    【念動魔術 Lv.3】(700/800) 【自動回復 Lv.1】(0/100)


 称号:≪異世界人≫ ≪最初の討伐者(ファースト・ブラッド)


  力:14(+1683) 切

 敏捷:17(+1401) 切

 器用:14(+1349) 切

持久力: 8(+1563) 切

 耐久: 6(+1911) 切

 魔力: 1(+1812) 切 〔1812/1812〕 保有ポイント:51』



 手を洗い終わって、ハンカチでふき取って、リストバンドをはめ直す前に手首の文字に触れる。さあここからが本題だ。


 俺は切っていた基礎能力の中で[魔力]だけを解放した。




 大和第一高校は9月1日に普通に授業がある。その日の英語は学期はじめの抜き打ち小テストがあった。当然の如く生徒から出た不平不満を全て黙殺された。運よく、テストに出た範囲を夏季の課題で最近やったばかりの俺は制限時間10分以上を残して解き終わっていた。


 教室にはシャーペンと机が当たる音と、紙のこすれる音しかしない。俺はここで『実験』を開始することに決めた。この環境で可能ならば学校で過ごす時間のいつでも可能ということだから。


 最初は俺も思っていた。学校ではステータス強化やスキルの熟練度を上げることは出来ないと。モンスターは出てこない。【棍棒術】や【疾走】、【投擲術】を使うのは目立ちすぎる。大和第一高校には【鑑定】できるものがない。【自動回復】の熟練度を上げるためにカッターなどで自傷行為をするなんてことは頼まれたって絶対にやりたくない。


 そして俺は気づいた。【念動魔術】。これなら学校内でバレずに使えるかもしれない。


『自分を中心とした一定の範囲内で視界に入ったある程度の重量の物体を最高速度15m/sで自由自在に動かすことが出来る』というのが【念動魔術】を鑑定して得た結果。現在Lv.3の念動魔術は30kgまでのモノを10mほどの射程なら自由に動かせる。


 掌に消しゴムを一つ置く。意識を集中させて無言で消しゴムを見つめると、頭の中で思い描いた通りにフワフワと浮き始める。その後も頭で考える通りに動く消しゴム。天井スレスレまで飛ばしたり、くるくると回転させたり、急降下の途中で完全に静止させたりする。だけどその様子に周囲の生徒も教壇の上の英語教師も気づかない。実験は完全に成功した。学校の最後のチャイムが鳴った時、俺の念動魔術のスキルレベルは4になっていた。




 今日は委員会もなく、帰宅部の俺に学校に長居する理由はない。さっさと校舎を出た。校庭を見ると6限が体育だったクラスが未だボールを蹴って遊んでいる。


 学校指定の体操服と部活で着るトレーニングウェアが入り混じるその姿に妙な懐かしさを覚えて、一瞬立ち止まる。頭の中は完全に中学時代に戻っていた。


 完全に油断していた。俺は気づかなかった。こちらにいきなり吹っ飛んできたボールに。察知した時にはすでに避けられない距離まで迫っている。どうする? 一瞬の判断。そこで俺はとっさに使ってしまった。【念動魔術】を。


 しまったと思った時にはもう遅い。魔術の間合いに入ったサッカーボールは急劇に減速し、鼻先で完全停止する。咄嗟に手を滑り込ませ、なんとか手でキャッチした風に装った。


『すみませーん』という声に大丈夫と言うように手を振り返しながら、背中は冷や汗でびっしょりだった。俺は思った。やっぱり学校で無暗にスキルを使うのはよそう、と。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいる途中だがシンプルに面白い。 [気になる点] 22話で戦闘時に「巨大な岩石を」念道を使ってかなりのスピードでモンスターに攻撃している描写があるので念道レベル3で30キロの重さしか扱…
[一言] 耐久くらいは入れたままで良いのでは? 車に轢かれてもピンピンしてるやつになるかもだけど。
[一言] とても良いです 楽しみにしています♪
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