脅威の正体
一度、大きく深く呼吸する。
落ち着きを取り戻すために。
血液が沸騰しそうなほど熱せられた体温を下げるために。
『放出』した炎を、再び『吸収』するために。
まだまだ使いこなせてるとはいえない『蒼い龍王の炎』は出すのは簡単だが、体内に仕舞いこむのは中々に一苦労だった。
「ふぅー……」
熱によって狂わされた感覚は、息を吸って吐くたびにゆっくりと戻っていく。
首、胸、肩、二の腕、ひじ、手首、最後に指先。
口から近い順に魔力の流れが正常になっていくと、抱いていた怒りの感情すらも徐々に沈静化していった。
「10万ポイントか……中々だな」
冷静になった後に足元を見ればそこにはもう『白い狼』の姿は無い。いつの間にか体に吸収された黒い煙は俺に存外に高い経験値をもたらしている。
このポイントの使い道については存分に考える余地があるが……まずは現状把握が先決だ。
「こっちも終わった! 二人は平気だった!? 」
一応、戦っている最中も炎の方向性には気を付けていたはずだ。恐らくは熱の被害は及んでないはずなんだけど……。
「……」
「……」
あれ? もしかして声が届いてないのか?
「木ノ本! 舞さん! 」
俺はもう一度声をかける。
目算で大体400mほど離れた二人に。
今度は気持ち大きめな声で。
「……」
「……」
だけど二人は動かない。身動ぎすらしない。
声も発さない。息の一つすら零そうとしない。
まるで物言わぬ人形のように。
「一体……どうしちゃ……――――」
俺は叫ぼうとして、叫びかけて――
「ッッ!! 」
――感づく。
「いつだ? ……いつからだ!? 」
止んでいる風。
聞こえない木々のさざめき。
以前と変わらない雲の位置。
宙に静止する塵。
まるで時が止まったように見える視界。
「俺はいつから……集中し始めた!? 」
つまり無意識に時間間隔を引き延ばしていたということ。
最近では最早癖になって来ている思考の加速をして『何らかの危険』に備えようとしたということ。
何だ?
何なんだ?
俺が感じた危険の正体は一体何だ?
「【索敵】! 【鑑定】! 『偽装看破』! 」
思考速度はどんどん加速していく。
視界からは徐々に色が抜け落ちて、引き延ばされた音が不協和音を奏でていく。
だがどうしても、どうやっても『脅威』は見つけられなかった。
「もしかして錯覚なのか? ただの勘違いなのか? 」
自分が自分で分からない。
一体俺自身が何に反応したのか検討もつかない。
そう……思った――その瞬間。
『こっちすよ。こっち! ほら! 前! 』
耳慣れない声が目の前から聞こえた。
「ッ! 」
状況を判断するための時間はいらない。
声の正体を考える必要も一切無い。
「『瞬間移動』! 」
即座に、
第一に、
まずは距離を取る。
「誰だ!? 」
問いただすのはその後でも十分だから。
『さすがバケモノ……犬のヤローも倒したんすね』
「……え!? 」
そして気づく。
視線の先に居た脅威の正体を俺は既に知っていることに。
二足で立っても身長1mそこそこの体高。
分厚く手触りが固そうな茶色の体毛。
平たい歯と鋭いかぎ爪。
それから――全てを見通すような8つの眼球。
「お前は……――! 」
『さっきぶりっすね? 思い出してくれました? 』
間違いない。
そこに居たのは俺がさっき殺したはずの『猿』だった。




