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聞けなかったこと

「今……なんて? 」



 聞き返す俺に狼の剣士はもう一度言い放つ。



「お前も俺と同じ獣にならないカ? 」


「……」


「お前の身体は今殺すには惜し過ぎル。我らが同胞になることで技の研鑽をしようではないカ」



 やっぱり俺の聞き間違いじゃなかった。


 この狼男……いや、このモンスター……俺を勧誘してるのか……?



「どういうことだ? お前は俺にモンスターの仲間になれとでも言うのか? 」


「違ウ。お前自身が(・・・・・)モンスターになるのダ」


「……」



 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………は?



「人がモンスターになることはそれほど珍しくはないのだヨ。現に俺モ……俺の仲間モ……千年前は人間であっ……た。自分の実力を過信した、いけ好かない身の程知らずな一人の剣士にすぎなかったんだ」


「いや……おい……」


「だが《偉大なる大魔王》の手によって怪物として生まれ変わってからは私は変わることができた。人の身では叶わなかった剣豪とての生き方を歩み始めることが出来た」


「お前……」


「人の生涯はあまりにも短い。どれだけ気を付けたとしても百数十年生きるのが限界だ。その短い時間の中でいくら【スキル】を鍛え上げられたとしても武技の神髄の習得は不可能だ」


「……」


「だからこうして勧誘している。お前もこちら側に来ないかと」



 ダメだ。コイツ。全く話が通じない。


 いつの間にか片言じゃなくなってるし、一人称も私に変わってるし、表情も口調も人間に近づいている筈なのに以前よりもむしろ意思疎通が困難にもなっているのはどういうことなんだろうか?


 とりあえず整理しよう。


 この狼男は俺にモンスターになることを求めている。


 だからコイツはずっとトドメをさそうとしてこなかった。


 じゃあ、俺はこの場をしのぐためモンスターになるべきなのか?



「冗談じゃない。誰がモンスターになんてなるか」


「ほお……拒絶するか? 」


「ああ。ごめんだね」


「ならば……こう言い換えようか? こちら側に来い(・・)。モンスターに成れ(・・)。さもなくば……――」



 狼男は途中で言葉を切ると、切っ先を横に向けた。


 とある一方向に。


 とある一点を指し示すように。


 つられて、その剣先を見た俺は――



「……チッ!! 」



 ――大きく舌打ちした。



「卑怯だぞ。剣士がそんな真似やっていいのかよ」


「私は剣士である前にモンスターだ。モンスターは人に容赦しない。女をたった二人(・・・・・・・)手に賭けたところで私の心は少しも動かない」



 そうして、いけしゃあしゃあと宣う狼男は切った視線を再び向けた。


 あれだけ湧いていたモンスターをいつの間にか倒しきり、俺と合流しようとしていた舞さんと木ノ本に。


 何らかの【魔法】を発動しようとしたところで獣の瞳に見入られた二人は案の定動けなくなっている。



「なかなかに譲歩した条件だと思うが、これでも不満なのか? 」


「俺はここに家族の手がかりを探しに来たんだ。モンスターに成りに来たわけじゃない」


「家族の……手がかかり? 」


「俺の爺ちゃんが……祖父がここ……鬼怒笠村に住んでいた筈なんだ。祖父が住んでいた家もここにある。祖父を今、行方不明なんだ」



 この状況が悪すぎることは重々に分かっている。


 けれど必要不可欠な打開策は未だに思いつかない。そのため俺は狼男に対して適当に口を回し、なんとか時間を稼ごうとしていた。舞さんと木ノ本と俺の三人でこの状況をひっくり返す方法を探そうとしていた。


 


 だが狼男の何気ない一言で――




「何を言っている? そんなモノあるわけが無いだろう? 」




 ――巡らせた思考は強制的に停止する。



「この『魔境』が人間とその痕跡を許すはずがない。ましてや老いたヒトのものなど……壊れやすい家など……そもそもお前の祖父も……魔境の変貌から逃げられたわけがない。人の創り出す者も人そのものも我々の力の前には余りにも無力……――恐らくどこか、その辺で塵にでもなっているだろうよ」



 そして、俺の目の前は真っ暗になった。







 舞と絵里の二人が紅蓮狼王に【攻性魔法】を放つのを止めた理由は獣の剣士の威圧に怯んだから……ではない(・・・・)


 単純に驚いたからだ。


 面食らったからだ。


 思わず動きを止めてしまうほどに衝撃を受けたからだ。


 あれだけズタボロで、一方的に痛めつけられていた少年の身体に何故かほとんど手がつけられていない潤沢な[魔力](・・・・・)が満ち溢れていることに。


[魔力]や【魔法】が封印されている様子はない。では何故[魔力]が消費されていないのか? 


 二人は同時に疑問に思い、同時に考え、同時に気づき……震え上がった(・・・・・・)


 ――あれだけ大立ち回りをしていたように見える少年が魔境に入ってから『出来るだけ周囲に被害が及ばない様に立ち回っていたという』ことに。






 別に逃げたわけじゃない……と思いたい。


 でも、今までどうしても聞けなかったことがある。


 空白の一か月間。


 俺が知らない第三次迷宮侵攻。


 あの日。

 

 あの場所。


 大和町では。


 一体何が起こったのか? 


 一体何が起きてしまったのか?


 どれほどに……悲惨だったのか? 


 どれほど……街は壊されてしまったのか? 


 どれほど……多くの人が亡くなったのか?


 俺は聞けなかった。


 再会した木ノ本に。


 空港を三人で脱出した後、涙ながらに『おかえり』と言ってくれた大切な高校での友達に。


 一見では以前と同じように明るく振舞ってはいるけれど……その内で今までになかった強い覚悟と使命感を持った回復術師(ヒーラー)に。




 ――どうして『そうなった』のかとは聞けなかった。




 辛い記憶を思い出させてしまうことになると思った。


 それに真実を聞く覚悟も……やはり俺にはなかったんだ。多分。



 ――俺の家族について何か知ってることある?



 ――俺の家族は今どうなっていると思う? 



 ――二人は俺の家族が生きていると思う? 



 そんなこと聞けなかった。


 そんなこと怖くて聞けるわけが無かった。


 俺がホットスポット出身だと言った時にタクマさん達4人がした表情は如実に語っていた。


 咲良さんが木ノ本について話す時の同情的なため息は口ほどにモノを言った。


 今まで一度も日本の魔境が攻略されていない事実が証明しているようだった。




 希望がもう無いという事。もう諦めた方が良いという事。




 それでも俺は来た。


 ヒロ叔父さんの最期の言葉に縋り。


 舞さんと木ノ本のためという言い訳をしてでも。


 大和町と同じく魔境に変わり果てたこの鬼怒笠村に『何か』があると。


 もしかしたら魔境では以前と変わらない平和な村の様子があるんじゃないかと。


 そう信じて、そう妄信して、今までずっと全力は出しつつも周囲を見境なく巻き込んでしまう攻撃は控えていた。


 特に【火炎魔術】や『龍の炎』はその筆頭で、不用意に使うとこの魔境を『守りたかった鬼怒笠村』ごと火の海にしてしまう危険性すらあると考えていた。

 

 なんせ鬼怒笠村には沢山の思い出がある。


 当たり前だ。


 ほぼ毎年帰省してたんだから。


 野球をやりたいと言いだしたのも家で爺ちゃんと一緒に見た『甲子園中継』がきっかけだった。


 家の近くのあぜ道では爺ちゃんと何度もキャッチボールをした。


 野山で昆虫採集をするのも幼いころは好きだったし、ただひたすらに山の中を傷だらけになりながら駆け回るのも大好きだった。


 縁側で風鈴の音を聞きながら昼寝をしては、いつも梨沙に呆れられながら起こされてたっけ。

 

 隣町に行った時、親に内緒で爺ちゃんからよく買ってもらったアイスの味は今でも鮮明に思い出すことが出来る。


 思い起こせば止まらない。


 鬼怒笠村でのこと。


 爺ちゃんが俺にしてくれた沢山のこと。


 俺の過去の罪を封じてまで、作ってくれた幸せな記憶の数々。





 それを





 狼男(コイツ)





 


 塵だと言った。





 




 全てゴミになったと言い放った。










「【火炎魔術】『火炎吸収(フレイムアブソーバー)』――『反転放出』」









 



 加減をする理由はもう――どこにも存在し無かった。



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