S tier
数日前。マサヒラの退院祝いで立ち寄った迷宮横丁からの帰り際。
こんな話を二人でしていた。
『マサヒラって結構お金持ちですよね。スマホも複数台持ちですし』
『そうかー? プライベート用と仕事用でケータイを分けるなんてよくある話だと思うけどなー。別にこんくらい普通だって』
『今日の買い出しでも目についたものポンポン買ってたじゃないですか。アレはお金持ちじゃないと真似できないっすよ』
『バッカ……お前、剣太郎……! 俺がやってんのはなー目利き! 安くて良い物をよくよく吟味して選んで買ってるんです! 成金呼ばわりは止してくれよ? 』
『でも……一日だけの買い物で30万っていうのは……さすがにちょっと』
『そりゃあ剣太郎はまだ16歳だもんな。そこら辺の金銭感覚はまだ高校生ってことなんだろうさ。大人になったら分かる。色々な』
『やっぱりそうなんですかね? 』
『そうそう。でも日本でホルダーやってたらそこら辺の感覚はすぐにぶっ壊れてくるぜ。ホルダーはかなり稼げるが、その分金の消費も豪快なんだ。それに、剣太郎はS tier 評価でも足りないぐらいの実力者なんだし……一か月も頑張れば都内の一等地に一軒家が建つと思うぜ』
『てぃあー……? えす……? 』
『あれ? 知らねーか? Tier表とか。tiet1 とか。そういう概念。高校時代にハマってたソシャゲとか無かったのか? 』
『そっち系の話っすか。その手のゲームは毎日色々やるのが段々ダルくなって来てあんまり長続きしないんですよね。だから、わかんないっす』
『そういうことかー。なら簡単に説明するけど……[Tier]ってのは色んなゲームのアイテムとかキャラクターの「強さとか使いやすさ」を階層分けしたものなんだ』
『階層分け……ですか』
『まあ、要はランクとか等級ってことだな。意味はだいたい同じだ。一番上の層を[S tier]。二番目の層を[A tier ]。|三番目 の層《上位になり切れない中堅》は[B tier ]って感じで表現するんだ』
『……ふーん』
『すまん。説明、分かりにくかったか? 』
『なんで「A」の上が「S」なんですか? 』
『それは俺も知らん。多分Specialの頭文字から来てるんだろうけど……そういうものだと割り切ってくれ』
『あと迷宮庁のホルダーの等級とは別なんスか? 』
『そうそう! まさにそこなんだ! 俺が言いたかったことは! このホルダーtierが生まれた理由は。剣太郎は知ってるんだっけ? ホルダーの等級がどうやって決まってるかって? 』
『たしか……実力と実績……あとは人気でしだっけ? 』
『その通り。人気なんだよ。大事なのはさ。どれだけ社会貢献したか、どれだけ周囲から信用されてるかが迷宮庁からの評価に直結するってわけ』
『なんか……めんどくさいっすよね。それ』
『だろぉ? まあ、でも仕方がない部分もあるんだぜ。こうでもしてホルダーの活動に衆目を集めでもしないと……与えられた能力に勘違いした馬鹿が好き勝手に暴れ始めちまうからな。取り締まりをする《管制官》の数にも限界があるし』
『なるほど』
『んで話は戻るんだが……日本のホルダー界で普及している[tier]は完全に実力のみを階層分けしている指標なんだ。公的な団体が発表してるもんじゃなく、あくまでホルダー同士が勝手に言ってるだけなんだけどさ。俺なんて迷宮庁から気に入られてるからB級ホルダーの端くれをさせてもらってるけどよー……実力だけが評価される[tier]で言えばC tierが いいとこなんだぜ? 』
『C……なんですか? マサヒラが? 』
『ああ。そうだぜ。ホルダーtierは「レベルとステータスの高さ」「どんなスキルと魔法を持っていてどれだけ使いこなせるか」「持っている装備の質」最後に「ホルダー本人の技能技術」を総合して評価されるからな。俺もレベルとステータスだけならB tier相当まで来てるんだけど。付け焼刃の剣術と怪しいセミナーから買ったカタナじゃ評価されるのはやっぱり厳しいぜ』
『色々考えられてるんですね。非公式なのに』
『みんな「ランキング」とか「競争」とか「どっちが上でどっちが下」って話が好きだからなー。それによ。仮に非公式でも強さの情報ってのはパーティーを組む上でも、余計なトラブルを避ける上でも重要なんだぜ? 』
『ほぉー……そうなんですね? 』
『あれー。もしかして興味ねーか? こういう話』
『興味ないってわけじゃないんですけどね。でも誰が強いかどうかは【鑑定】わかるんで。俺には必要ないかなーって』
『そういうことかよっ! コイツめ! 』
『うわ! やめてくださいよ! 頭撫でまわすの! 』
『わははははは! くすぐったいか!? この! 』
それは一週間ほどしか経っていないのに随分と懐かしく感じる記憶。
平和な日常の一幕。
東京での思い出の1ページ。
なぜ今になって思い出すのか。
「お前……左右のバランスが悪いナ。どこか痛めてるのカ? 」
それは間違いなく、この狼男が原因だ。
「それは、どうか……――な! 」
「なるほど。肩カ。それも利き手側の右肩だナ……筋肉の連動にひずみがあル。数年は経っている傷ダ。治さないのカ? 」
「……ッ!? 」
「左の反応が数瞬だけ遅れるのはそれが理由ダ。お前は無意識のうちに右側を庇っていル。身体の調和が乱れた戦士は晒す弱点が戦えば戦うほどに増えるのダ」
「ッッ!! 『乱打』! 」
「だから折角放った『技』も歪んでいク。噛み合わない歯車のようにナ」
「ッ~~!! 」
いきなり近距離戦に持ち込まれ、 たった数度打ち合っただけで分かった。
バット越しに伝わる剣筋の鋭さ。
刃の振るわれる速度。
打ち合う角度。
押し合う力の強弱の緩急。
そして敵の弱点を見抜く観察眼。
その全てが俺に伝えていた。
紅蓮狼王の非数値化技能がB tierやA tierを越えた『S tier』であることを。




