帰宅と発見
「忘れ物はないか? 剣太郎? 」
「うん、何度も確認したから大丈夫! 」
その日は朝から慌ただしかった。結局1週間以上いた祖父の家。俺の私物は色々なところに点在していて全て回収するのには苦労した。昼に差し掛かったころ、遂に俺の荷造りは終わった。後はこの家から出発するだけの状態だ。
「剣太郎……ほんとにコレはこっちで捨てて良いんだな? 」
「ああ……うん……さすがにもうそのバットは使えないや……」
爺ちゃんが持っていたのは俺の迷宮探索用の二代目の金属バット。半ばから折れてしまっている。爺ちゃん家に置いてあった金属バットは2本。『迷路の迷宮』で紛失した初代に代わって『武装強化液』にべっとり浸して強化したはずの2代目は『階段の迷宮』でのキメラへの最後の一撃で完全に壊れてしまった。
だから、できるだけ早く新しいバットを買いに行かないと。
家に帰った後の予定がさっそく出来た。しばらくそうやって頭の中で今後のことを考えているとどこかから視線を感じた。こっちを見ていたのは爺ちゃんだった。
「どうしたの? 爺ちゃん? 」
「いやな……剣太郎。なんか……妙にたくましなったか……? 」
俺はそのうれしい言葉に笑顔で応えることにした。
外に出ると空は快晴だった。天気の良い日の鬼怒笠村は本当にきれいだ。空の蒼に緑が映えて、立ち止まってずっと見続けたくなる。
しばらくその山並みを見てから振り返る。帰省の最終日に爺ちゃんに別れの挨拶をするのはいつもこの門の前と決まっていた。
「じゃあ、またね! 爺ちゃん。身体には気を付けて!」
「おう、またな! がんばれよ! 剣太郎! 」
爺ちゃんに手を振りながらあぜ道を下る。この1週間何度も通った道。この道の真ん中の十字路で左に曲がってずっと行けば鬼怒笠村への最寄駅にたどりつく。いつもなら迷わず曲がるところだ。だけど今日はちょっとだけ寄り道をする。
「やっぱり見つからないか……」
もう数えきれないほど通った下山トンネル。その中を最後に未練がましく歩く。『文字』は見つからない。『階段の迷宮』から帰還した後に何度も何度も探しに行ってもダメだった。そう物事は上手くいかない。迷宮の中に入ってしまえば時間は無制限だが、現実は違う。帰省には帰宅と言う終わりがあるし、夏休みももう残り少ない。そろそろ迷宮探索者から学生に戻る時期だ。
だけど一夏の思い出としては破格だったように思える。
またな、下山トンネル。
しばらくはさようならダンジョン。
心の中で挨拶して俺はトンネルを後にした。
それから何本も電車を乗り継いで2時間。俺はついに最寄り駅に到着する。改札を通り抜け、『新大和駅』の看板の下から見える景色に少しホッとする。ここの駅前は10年前からずっと変わらない。それでも1週間も離れていると随分と恋しくなっていたようだ。そこを縦に突っ切りながら、手の中のICカードに[魔力]をこめてほんの少し浮かび上がらせた。
よし、使える。もしかして鬼怒笠村を出たらステータスもスキルも使えないんじゃと思ったけど大丈夫。全く問題ない。
見慣れた景色。歩きなれた道。いつもの街並み。何も変わってない住み慣れた街の中を激変した自分が歩いているのは妙な気分だった。まるで夢が現実まで侵食してきてるような奇妙な感覚。浮足立って心の中がフワフワしている。
どうしてこんな感情になるのかは自分でもう分かっていた。16年間ずっと暮らしてきたこの新大和町での暮らしが今日からは全く別物になるからだ。このスキルを鍛えられる場所。人目を忍んで使用できる場所。武器を確保できる場所。それら全てを一刻も早く見つけ出す必要がある。
帰省が終わり、夏休みもそろそろ終わる。だけどレベル上げやステータス強化を終わらせるつもりはさらさら無い。俺は完全にハマっていた。迷宮に。
だけど、懸念はある。現状、迷宮に行くには鬼怒笠村の下山トンネルに行くしか方法がないことだ。
平日高校に通い、土日にトンネルに行って帰ってくることを今は画策しているがこれには欠点がある。迷宮では時間が経過しない。時間の余裕はある。問題は交通費だ。ここから衣笠村までのかかる金額は馬鹿にできない。さすがに親もよくわからない理由でお金を出してはくれないだろう。バイト禁止の高校を選んでしまった自分が今では少しうらめしい。
「いや~どうしよっかなあ……」
思わず出る独り言。ちょっと声量の調節を間違えてやたら大きな声で言ってしまった。周囲に人がいないか辺りをうかがうと、もう家の近くまで来ていることに気付く。
目線の少し上を横切る沢山の車。そして目の前にあるポッカリ開いた四角い穴。家から駅まで向かう時に絶対に通る、横切る車道の下を潜り抜けるための歩行者専用トンネルだ。下山トンネルとは違って大きさもそれほどなく、長さも10mちょっと。
トンネルにどう行こうかと考えながら、トンネルにたどり着くなんてちょっと面白いな。なんて下らないことを考えつつ中をくぐる。短いトンネルなため明かりも最小限。だけど歩きなれた俺には問題ない。
そうして何も考えず、何の憂いもなく、短いトンネルを出ようとしたその直前。
「ん? 」
何か奇妙な違和感を覚えた。振り返るとそこには今通ってきた歩行者専用トンネルがある。日本のトンネルの例に漏れず大きな落書きがされている。その中に何か見つけると嬉しいものがあった気がした。ゆっくりと、注意深く観察しながら、もう一度トンネルを逆に進んでいく。
そして―――――俺は見つけた。
見つけてしまった。
「おいおい……嘘だろ……そんなことあっていいのか……」
くさび形文字。前は読めなかったけど今は読める。それにこれを見るのはもうこれで4度目だ。間違いない。
その文字は『開』を意味していた。
第1章、終わり。
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