観察者の眼
上空にどれほど危険なモンスターが潜んでいるかは分からない。
そして【魔法】や【スキル】を無暗に使うと魔力を感知したモンスターが一斉に集まって来る上に、瞬間移動では移動先でいきなり出くわすモンスターに対処しきれない懸念がある。
この二つの理由から、俺達が鬼怒笠村へ徒歩で向かうことは即座に決定した。
その道中、先頭を歩く俺の後ろで舞さんと木ノ本の二人は、後方へ警戒の視線を送りつつ仲良く会話をしていたのだった。
「経験値溜まったら何に使う? 」
「うーん。【回復魔法】か[魔力]……あとは【魔力回復速度上昇】とか? 」
「絵里は本当に真面目だね。少しは回復術師以外のことも考えてもいいんじゃない? 」
「そんなこと言ってられないよ。ただでさえ今は【蘇生】が使えないんだし」
どちらも以前からの知り合いであるため、俺は彼女等のことを少なからず知ってはいるつもりだった。
でもまさかこの二人が仲良くなる可能性は思いつきもしなかった。それこそ、木ノ本が芸能人になることよりもずっと。
「えぇー。でも[敏捷]だけは一緒に上げておいた方が良いと思うけどなー。いざとなった時に頼れるのは自分自身しかいないんだしさ」
「舞さんくらい速ければそうかもしれないけどね。中途半端に速くなっても特に意味はないと思う。それだったら強みを伸ばした方が絶対良い」
「それはそうなんだけどー……うーん、相変わらず頭が固いなー。絵里は」
「舞さんこそ。自分のスタイルにこだわり過ぎ」
「ふーん。なかなか言うようになったじゃん。前はあーんなに素直だったのに」
耳をわざわざ澄まさずとも、勝手に入って来るやりとりを聞いていると一つ気づいたことがある。
2人だけでしゃべっている舞さんと木ノ本の雰囲気が俺の知っているモノと大きく変わっていることだ。
舞さんは頼れる大人と言った感じから面倒くさい『姉』のようになっているし、木ノ本は木ノ本で以前の優等生っぽい印象から、絡んでくる姉に辟易しきっている『妹』みたいに見える。
「本当に仲いいっすね。お二人さん」
「え? 」
「本当? どこが? 」
「……何でもないっす」
そんなこんなで俺達3人は道なき道を進んでいた。
真夜中の夜の山中を。
強化されたステータスと保持者になってから効くようになった夜目を駆使して。
先ほどまではあれだけ集まって来た魔境のモンスター達が『一体たりとも現れないこと』へ特に疑問に思わないまま。
「いやー大将。アレはヤバいっすね」
『どうヤバイんだ? 』
「とんだ上物ですよ。二人とも! あんな美味そうな女始めて見た! 」
『見た目の話をしろと誰が言った? ふざけるのも大概にしろよ』
「はいはーい。そう、怒らない。怒らない。落ち着いて? アンタの魔力で風が吹き荒れてることこっちにも伝わってますよ? 」
『……はぁ。それで? 勝てそうか? 』
「殺せるか、どうかって事っすよね? ぶっちゃけ余裕っすね。若い方の女は回復ばっかり積んでる完璧後方支援型っぽいですし……一番ヤバそうな魔法は今はなんか使えないみたいっす。病気にでもかかったんですかね? 」
『……もう一人の女は? 』
「年上の方は魔女って感じの【スキル】構成ですねえ。それも前衛でバチバチやりあうタイプの。『麻痺』は少し厄介ですが……俺の身体にはあんまり効果ないと思いますよ」
『ほう。なら増援は必要ないか? 』
「ですね! 殺って来ていいですか? 」
『やっぱり、そうか……おいクソ猿。お前……どうせ女しか目に入ってないんだろう? 報告では、もう一人男が居たはずだが? 』
「えぇー男ー? いたっけ? そんなの? あと俺は男に興味ないっすよ? 」
『盛り狂った畜生が! その無駄に多い眼球でよく見てみろ! 』
「ハイハイ。ええーっと……男……男……おと…………こ……――――」
『……? 』
「………………………………」
『……おい猿。黙るな。報告をしろ』
「大将」
『なんだ? 』
「増援がいるかどうかってさっき言ってましたよね? 」
『ああ。それがどうしたか? 』
「眠ってるやつ全員叩き起こしてください。アレを殺すんなら『総力戦』です」
『何っ? お前今……なんて……なんて言った? 』
「『なんて言った? 』はこっちのセリフっす。本当に意地悪っすね大将。俺は今一人なんすよ。危険を省みず、仲間のために斥候役をかって出たんすよ? なのに今までずっと黙ってたんすか? 」
『あ”ぁ”!? はっきり言え! なんだ!? 』
「それとも……まさか知らなかったんすか? この世に……ただの人間に…………あんな『バケモノ』がいるなんて! 」




