魔境の恩恵
ハゲタカの大群を一掃したあともモンスターの出現は止まらなかった。
2階建ての民家を踏み潰せるサイズの大蠍。
山を一歩で踏み越える岩石の巨人。
月夜を覆い尽くす大きさの半獣半鳥の空の王者。
群れなす三ツ首の大狼。
近づく者は見境なく絡めとり吸収する意志を持った大樹。
定形を持たない霧の魔獣。
数えきれない程の人間大の配下を指揮する巨大アリの女王。
木の葉や石に擬態する即死の毒蜘蛛。
足下から。
頭上から。
背後から。
空から。
地面から。
場所、タイミング問わず魔境の怪物たちは四方八方から襲いかかってきた。
「まずは右のデカブツから叩く! 援護を頼む! 」
「任せて! 」
「了解! 」
それを俺たちは傍から撃ち落とす。
一つ残らず踏み潰す。
真っ向からから叩きのめす。
こんな序盤で傷一つだって付けられるつもりは一切なかった。
『一蹴し、一方的に蹂躙する』。
そのために手は抜かない。その際に油断はしない。
『それ』が俺達3人が魔境で無事に過ごすことができる最低条件であることはよくわかっていたから。
故に舐めたことはしなかった。
だから本気を出した。
その結果――
「【索敵】……よし! 」
「どうだった? 」
「お疲れ様。ここら一帯のモンスターはあらかた片付け終わったみたいだ」
――魔境へ侵入してから実に30分が経過した頃には、地獄の端っこで一時的な平穏を手に入れることに成功していた。
特に俺は身体の疲労を残すことなく、心と身体の余裕をもったままで。
「だけど索敵スキルをかいくぐれる力を持つモンスターがこの付近に居ることは十分に考えられる。常に警戒はしておいてくれ」
「りょーかい。あ……まずは……使った魔力は回復しよっか? 」
「そうだな。頼んだ」
「じゃあ背中をこっちに向けて」
「これでいいか? 」
「うん、そんな感じ。始めるよ……【魔力回復】」
「サンキューな。木ノ本」
「どういたしまして。剣太郎くん」
こうして消費してしまった俺の魔力を魔法で回復してくれている木ノ本もまた、まだまだ余裕がありそうだった。
あれだけ補助魔法と回復魔法を連発していたのに息一つ乱れていない。流石は元陸上長距離選手っていったところか?
「ねー絵里。城本くんのが終わったら私の方もおねがーい」
「はいはーい。ちょっと待って! 」
そして俺の隣で敵の攪乱と遊撃を担当していた舞さんもピンピンしていた。
魔法の撃ち過ぎで疲れきったような顔を表面上ではしてはいるが、その奥で今も抜け目なく、周囲の様子を冷静に伺っている。こちらも流石は元公安のホルダーだ。
「そういえば二人とも、経験値は入った? 」
「……え? あ、かなり増えてる! 」
「私もー! 城本くんは? 」
「実は……俺もです」
木ノ本と舞さんの二人だけでなく、この一連の戦いで俺には少なくないポイントが図らずとも舞い込んでいた。
しかし倒したのはどいつも俺よりもレベルが低いモンスター。
本来ならレベルが100も違うと、何千、何万、何億倒したところでポイントは一つだって増えないはずだ。
そんな常識を打ち破って現に俺の溜めていた経験値は魔境に入った前と後では明らかに違っている。
恐らくはこれも魔境の影響ということなんだろう。
「一時間もたってない間に、これだけ経験値をもらえたのは始めてだよ」
「これが魔境って……ことなの? 」
「なんせ普通よりも10倍も強いモンスターと戦ってるんだもんな。これだけポイントが入っても不思議じゃないんじゃないか? 」
「危険な替わりに見返りも大きい……ハイリスクハイリターンってことね」
「そうです。だから二人は近いうちにどんどんレベルアップできると思います。新しい【スキル】や【魔法】だって手に入るかもしれない」
「そっかー……! 」
「それは楽しみだねー」
先ほどまでのモンスターの矢継ぎ早な波状攻撃を『魔境の洗礼』だと言い表すなら、これは『魔境の恩恵』とでも言うべきだろうか。
もしかしたら俺の方も欲しかった情報以外に何か、この場所から得ることが出来るかもしれないと考えると少しだけワクワクする。
未来の展望はこのように明るい。
けれど俺たちはまず考えないといけないことがある。
「それで……これからどうします? 」
「まだまだ夜で暗いしねえ。ひとまずは拠点になる場所を見つけたいかな」
「5日間の滞在を見越すならそれが最優先ですね。できるだけ安全な、モンスターの少ない場所に」
「そうだねー。まあ理想はそうなんだけど……そんな都合のいい場所があるかな? 」
「一つだけ心当たりがあります。さっき『迷宮鑑定』をして割と近くにあることがわかった場所です。ここから【索敵】した限りではモンスターもあまりいないようです」
「へぇーどこなの? それは? 」
「えぇーっと……ですね」
「? 」
舞さんのその問いに俺はほんの少しだけ言いよどんだ。
まさか、俺もいきなりこの場所へ行くことになるとは思わなかったから。
けれど間違いない。私情を挟まずとも、冷静な判断の下でも、この魔境では一番安全なのは……同じ『ここ』のはずだ。
「ふぅー……はぁ~」
俺は一度深呼吸した。
こちらを見つめる二組み4つの眼。手を背中に当てて【魔力回復】を施している木ノ本と、回復を受けている舞さんに『その名前』を発表するために。期待の眼差しに応えるために。
「今から行くのは死んだ俺の父親が生まれ育った村……あと、もしかしたら俺と家族の謎が分かるかもしれない場所です」
「……それって」
「まさか……」
「いきなりですが。行きましょう。鬼怒笠村に」




