剣太郎を見ていた二人の眼
剣太郎たち3人が魔境へと足を踏み入れていた丁度その時。
「本当に良かったのか? 江野田マサヒラ」
「なんだよ、蕪木。もしかして俺のこと心配してくれるのか? 」
「ああ。心配だ。応援を要請したホルダーがこの体たらくでは先が思いやられる」
GCA本部からわざわざ迎えに来た蕪木は『野良犬同盟』の屋上で夜空を見上げていた。
一方、隣に居たマサヒラはGCAリーダーの痛烈な一言に思わず苦笑する。
「ははっ……言ってくれるじゃねえか……」
「それで? 良かったのか? 城本剣太郎についていかないで? 」
しかし蕪木は手加減しない。弱ったように誤魔化し笑いをするマサヒラに容赦なく突っ込んだ。
「意地悪だな。アンタも分かってんだろ? 今の俺じゃあ『足手まとい』にしかならないってことをな」
そして侍はとうとう自分の本心を白状した。
「限定ダンジョンでの戦いで、俺は勘違いした。俺でも……俺のちっぽけな力でも……剣太郎を……あの伝説の金属バットを助けられるんじゃないかって……」
「……ふむ」
「でも……それは勘違いなんだ。あの状況は特殊だった。あの場にいる全員を助けようとした剣太郎は追い詰められてた。俺の手すら借りたくなるほど……」
「ほぉ……その時に勘違したと……? 」
「そうだ。そのことを俺は羽田の戦いで知った。いやってほどに分からされた。今のままじゃダメだ。剣太郎にただ守られてる今のままじゃ……」
「だから応じてくれたのか? 我がクランの救援に。強くなるために」
「勘違いすんなよ。GCAに入るわけじゃねえぞ? 」
「わかってるとも。優秀な兵隊が一人でも多く必要な状況で君が来てくれるのは素直に助かるよ」
「そんなに……状況は悪いのか? 」
「ああ、悪い。GCA設立史上最悪だ。だが……城本剣太郎の手だけは借りられない。彼が出張って来た瞬間……平和的解決の道は完全に閉ざさてしまう」
「いい加減教えてくれ蕪木。一体今、日本で何が起ころうとしてるんだ? 迷宮庁と……剣太郎には何の関係があるんだ? 」
その真っすぐな問いかけが冷たい空気に溶け込んでいく間、二人の男はじっとお互いの顔を見つめ合った。結局蕪木がマサヒラの問に正直に答えたのかどうかは本人たちにしか分からない。
けれどその夜から『野良犬同盟』でマサヒラの姿が見当たらなくなったことは誰の目から見ても確かだった。
「ありがとう。剣太郎君」
『魔境』に侵入してから数秒後。俺はいきなり木ノ本から身に覚えのない礼を受け取ってしまった。
「どうしたんだ突然? 」
「こんな危ない場所まで理由も聞かずについてきてくれて」
「……え”? 」
「返そうと思っても返し切れないね。剣太郎君には何度も助けられちゃうから」
えぇ~……。
いやいや。
それは勘違いだぞ。木ノ本。
確かに俺は木ノ本を助けたし、今も助けようとしてる。それは否定しない。
でも俺がこの『鬼怒笠魔境』に来たのは間違いなく俺自身のためでもある。日本で11か所ある魔境で鬼怒笠村を選んだのも同じ理由だ。そのことを言いそびれていたため木ノ本に必要以上に気を揉ませてしまっている現状は誤算だった。
「あのな木ノ本。俺がここに来たのは……――――」
「だから……せめて……鬼怒笠村では剣太郎君の物探しを手伝うよ! 」
「――うん、うん? え? あれ? 」
なんとか誤解を解こうとしたその時、俺の頭の中は湧き上がった疑問符で埋め尽くされた。
なんで木ノ本は、気合十分な様子で意気込んでるんだ?
なんで木ノ本は、俺がやろうとしてることを理解してそうなんだ?
なんで木ノ本は、鬼怒笠村に手がかりがあることを知ってるんだ?
「どうして? 木ノ本が……? 」
その大雑把で、ざっくりとした俺の問いに、木ノ本は対照的な態度で丁寧に少しずつ言葉を紡いでいく。
「えぇーっと……詳しい事情は分からないけど……どこか遠くに行っていた剣太郎君は戻ってきたら、まず最初に家族を探そうとするでしょ? 現に羽田で久しぶりに会った時、何か無くした物を探してるような雰囲気だったよね。そんな剣太郎君が行こうとした場所ってことは……多分、剣太郎君の家族に関する何らかの手がかりがあるんじゃないかって……思ったんだけど……間違ってる? 」
尻すぼみになりながらも自分の推測を最後まで言い切った後、恥ずかしそうに押し黙る木ノ本。
一方の俺も押し黙る。思考を完全に見透かされていたことに対するあまりにも大きな衝撃で。
木ノ本さんってたしか……読心術とかお出来になったんでしたっけ?
「驚いたな……全部当たりだ」
「そう? 」
「うん。一字一句あってる。何かそういう【スキル】でも持ってるのかと思ったぐらいだ」
「そういう【スキル】? 」
「『人の心を読める』……とか? 」
「あはは。私にはそんなことできないよ」
「でも俺のは……――」
「それはね……ずっと待ってたからだよ。考えてたからだよ。剣太郎君のことを」
そして目が合った。木ノ本と。
こちらを真っすぐに見つめる眼は、ほんの少しだけ潤んでいた。
「ごめん……本当に心配かけた」
「本当に……心配だった」
「言うのが遅すぎたよな。もしかして今更謝ってもダメか? 」
「ダメじゃないよ。こうして戻って来てくれたもん」
意思の強そうなこげ茶色の眼。
あんなに急いだのにサラサラのままな黒い髪。
月光に照らされた白い肌と唇。
羽田で再開してからここに来るまで、ずっと目に入っていたはずだ。その前も街なかの広告で嫌と言うほどに見たはずだ。けど何故か今になって、木ノ本が急に輝いて見えた。
今、目の前にいる女の子が世間からも認められた美少女であることを急に思い出してしまった。
……あれ? よくよく考えたら、この状況マズくないか?
「舞さん」
「――……なぁに? 城本君」
「最低何日以上『魔境』にいる必要があるんでしたっけ? 」
「5日は欲しいかな? 」
「5日……」
そうか。
俺は今から5日間、女の子二人と野宿するのか。
それも文字通り芸能人級の、とびっきり美形の。
「……ッ! 」
「どうしたの? 剣太郎君? 熱? 」
「どうしたの~~? 城本くーん? 顔赤いよー? 」
「舞さん! アンタ全部分かってて――……! 」
「ひっさしぶりに城本君の年相応なとこ見れてお姉さん安心だよー」
「……こんのっ! 」
この人、全て分かってた上で今まで黙っていやがった!
どうする?
この状況?
さっきまではこんな『落とし穴』があることに思いつきもしなかった。本心では一度立て直すために最初からやり直したい。
けど魔境は一度入ったら攻略するまで出られない。
一体俺はどうすれ……―――――――
「「「!! 」」」
戦闘態勢とは程遠い穏やかな空気が流れる中、反応したのは3人同時だった。
三者三葉の方法で加速し始め、一気にその場から離脱。
「……っ! 」
「あれは……!? 」
離れた場所から見えたのは蠢く巨大な何かの影。
さっきまで立っていた場所に立ち込める土煙に隠れていたソレの正体は直後、露わになった。
「饜ァ䵷ァ饜ァア亜氬ァ虀颺あ阿颺ァ――――!! 」
「『キメラ・ドラグニル』……! 」
「レベル119! 」
「絵里はバフをお願い! 城本君は【魔法】で圧し潰しちゃって! 」
「「了解! 」」
流れるような連携。
重なる返事。
突発的に現れた魔境のモンスターにも臆することなく俺たちは対応できた。
――その筈だった。




