経緯①
――時は二日前に遡る。
「まさか、想像すらしなかったわ」
――時刻は夕方。
――場所は『野良犬同盟』一階のカウンター席にて。
「アナタ達2人が城本君とマサヒラに連れられて、こんな場末に来る日がくるなんてね? 」
「お久しぶりです。咲良さん」
「安心しました。東雲さんもお元気そうで」
――行きから一緒だったマサヒラと俺に、木ノ本と舞さんを加えた羽田から帰った4人は、留守番をしていた咲良さんとマスターも併せて一堂に会していた。
「ふふっ……飛ぶ鳥を落とす勢いで色んな場所で大活躍していた絵里ちゃんと舞ちゃんに覚えてもらえているのは単純に嬉しいわね」
「忘れるなんて……そんな! あんなにお世話になったのに! 」
「そして絵里ちゃんは相変わらず真面目ねぇ。ちょっとは肩の力抜いたほうが色々上手くいくよ? 」
「ははは。シノさんからもはっきり言われちゃったねえ? 絵里」
出会ってすぐは、女性3人が仲良く話し始めたので俺たちは黙って横に立っていた。咲良さんが木ノ本達と知り合いだっていうことは本当ということも傍らで聞いていてすぐにわかった。
しばらくそのまま歓談していた3人だったが、話のキリよくなったのか。咲良さんは表情を真面目なモノに変えて、本題を切り出す。
「……それで? どうして二人は城本君とマサヒラと一緒にここへ来たの? 」
「実は私達。『迷宮庁』から暫く『戻って来るな』って言われちゃったんです」
「戻って来るな? 」
「帰国後に予定されていた仕事も全部キャンセルになってしまいまして。それだけじゃなく絵里が高校に行くことにだって許可が下りなくて。『良いっていうまでは、どこかへ身を潜めておけ』って赤岩長官が直接電話してきたんですよ」
「それは……只事じゃないわね……」
そう。
本当に只事じゃない。
ここには居ない蕪木が血相を変えてGCAの本部へ戻るくらいには何か大きく事態が動いているようだった。
もちろん、全く気にならないと言えばウソになる。日本を巻き込んで起こることなら俺だって他人事じゃない。
けれど俺は選んだ。
『迷宮庁』から距離を置くことを。
そんな俺が今更、首を突っ込み、手を出して何になるというのか?
「なので、どこか絵里を守れる場所が必要なんです」
「それで、野良犬同盟という訳か? 」
「ダメ……ですか? マスターさん? 」
「ダメって訳じゃあないが、木ノ本絵里さんクラスの有名人やら芸能人が大手を振って滞在できるほどウチは安全安心と言うわけじゃまったくないぞ? 」
「あら? 私はフツーに使わせていただいてるけど? たまにだけどね? 」
「お前が有名人だったのはとうの昔の話じゃねーか」
「ひっどー! ……ねえ、聞いた? 城本君? この調子に乗った馬鹿侍になんか言ってやってよ! 」
「あははは……」
まあ……多分。只事じゃない……はずだ。俺のあずかり知らないところで何かが起きていることは間違いない……筈だ。
反面、野良犬同盟は随分と平和だったけれど。
「隣室のシングル二部屋で良いんだよな? 」
「ねえマスター。もちろん、角部屋よね? 」
「おいおい。咲良。そこまでは、今日とこれからの空き状況によるとしか俺からは言えんぞ」
「何よ? ケチ臭いわね。そんくらいタダで用意してよ。オーナーでしょ? 」
「俺はただの雇われマスターだ。今日この時間のこの場所を貸し切りにするのが精々で……そんな何でもかんでも好き勝手出来るわけじゃない」
「あーあ。そんな情けないこと言っちゃって。颯爽と空港に現れて二人を助けた城本君とは大違いね」
「おい。マサヒラ。お前がどうにかしろ。俺はこれ以上、このワガママお嬢様の言うことには付き合っていられんぞ」
「俺にいきなり振られてもよぉ。どうしろってんだよ……」
仲が良いんだか、悪いんだか。この3人の関係性は俺には全く分からない。
でも、これがいつも通りの光景だ。
まだ客は少ないのに騒がしいカウンター。
掃除された清潔なテーブルとその上に上下逆さまに乗せられたイス。
ピカピカに磨き上げられたグラスとボトル。
穏やかなオレンジ色の光が入り込んでくる窓。
そして徐々に暗くなり、夜になるにつれ、喧騒はより一層おおきくなっていく。
本当にいつも通り。
ここ最近の俺がずっと享受していた平和な日常。
それが全部ここに集約されている。
だけど――
「何? 電話? こんな時に? いったい誰……赤岩室長? 」
「どうしたの? 舞ちゃん? 」
「迷宮庁から連絡が……出ても良いですか? 」
「もちろん! 私たちのことは気にしないで」
「ありがとうございます」
――そんな平和な時間は――
「はい。もしもし――――……え? 」
「舞さん? 」
「はい。はい、はい。――――…………はい。わかりました」
「何かあった? 」
――長くは続かなかった。
「絵里、ちょっと聞いて。事態が変わったみたいなの」
「は? 」
「今すぐに動かなきゃ。でないと今日中に出られない――『東京から』」




